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I miss you.(1)


 









バレンタイン。
そんなの関係ない。


今日も明日もへとへとで。
それは勿論、とても充実感のあるへとへとで。
わたしは毎日が楽しくてたまらない・・・・はず。



それなのに、逃げ込んだ密室。
あの人は来られるわけは無い。
わかってるから、買うだけ買ったチョコレート。
ベッドにばら撒いて、其の上に転がってみる。


あの人と会える時みたいに、ちょっと胸のあいたシャツ。
身体の線がぴったり見える、ちゃんと女の子に見える装い。
爪までわざわざ塗ってきた。
会える時より気合入ってるみたいなのは、どうしてだろう。




ひとりぼっちで、明日も早くて。
楽しくて寂しくて。
わたしの中にはぐるぐると決して溶けあえない感情が、
シュールに捻れあって。


マスカラをぬった瞳はいつもより大きく翳ってて。
グロスの唇はいつもより光ってて。
髪はいい具合に、ふんわりと乱れてる。
わたしは鏡に向かったまま、チョコレートを重ねてみる。
思いを重ねてみるみたいに。



チョコはころころって転がって。
気持ちもこんなふうに転がっていけたら、どれほど楽な事だろう。



しばらく鏡でわたしを見つめる。
今日の化粧は、結構いい出来。
きっとあの人も、褒めてくれた、はず。
ううん、やっぱりちょっと自信が無い。
いつもわたしは発展途上。
まだまだ開いていない扉があるのは、楽しみだけどしんどい。



鏡に浮かぶのは二重映しのあの人の顔。
まあるくて大きな瞳、高い鼻筋、ちっさくてでも色っぽい口元。
悪戯っぽそうに瞳が微笑み、唇が耳の後ろで囁く。


聞こえないよ、りかさん。






入っちゃおう、お風呂。
今日は待っていなくていいんだもん。
すっきりリフレッシュして、明日は又楽しい稽古しよう。
引きずるんじゃない。
りかさんよく言ってるもん。




バスジェルもチョコレートの香り。
未練がましいんじゃなくて、わたしはかわいい、ってこと。
ね、りかさん。



スチームで溢れたバスルームにくぐもったベルの音。
わたしってば、バスタブで泡に塗れて壁の受話器を取る。
ちょっと、大人の女みたいでしょ。


「もしもし・・・・・・ 」

「  はい・・・」


かけてくる人なんか、一人しかいない。
りかさんにしか教えていない。
わたしの小さな逃避行。


「どしてるの?」
「りかさんは?」
「帰ったとこよ、へとへと。」
「あたしね、お風呂なんだ。」
「ふうん、優雅ね。」
「だって、ゆうがだもん。」
泡を一掬い、二の腕に乗せて。

たわいないことで笑いあう、すごく幸せになる。


「気持ちいい?」
「うん。」
「もっと、気持ちよくしてあげらんないけど。」
「やーだ、充分ですよう。」
「ふうん、充分なの。」
「声聞けたもん。」
「声だけで気持ちよくなっちゃうんだ。」
笑いを含んだ声に変わる。
「うん、だってりかさんの声大好きだもん。」

電話の向こう、ちょっと詰まる声。


「今日はね、チョコ匂いのバスジェル。」
「ふうん。」
「あげらんないから、わたしが入っちゃうの、りかさんの分まで。」
「そうね、そうして。」
「一杯、一杯ね、入っちゃう。」
「湯当たりしないこと・・・祈ってるわ。」
「りかさんの意地悪。」
「かおるさんの意地悪。」

「意地悪じゃないもん。」
「だってここにいないから。」
「寂しい?」
「さあね。」
「切ない?」
「どうかしら。」
「恋しい。」
「大人だもん。」


するりするりと抜けていくあなた。
その目まぐるしさは心地よくわたしの心を満たしてゆく。




「のぼせない程度に、上がるんだよ。」
「うん、りかさんも深酒とかしないでね。」
「なんでするのよ?あたしが。」
「バレンタインに会えなくて、寂しくて。」

ふんっ、という声が聞こえてきそう。


「・・・・・今度、いっぱいするから、いいの。」
「いつもながら、スケベだね。」
「そーゆーナマ、言ってらっしゃいよ。」


そういって、キスの音。
受話器に当てた耳が痺れる。


「特製投げキス。
 今夜一晩、ずうっと抱きしめるように。」
噴出して、笑って、そして電話は切れる。




わたしは肩まで甘い匂いにひたひたになって。
むせかえる思いの中、
りかさんのキスを噛み締める。


















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