Dead End 1
なんとか、言いなさいよ。
今日はあなた、なんか変。
いつもより愛想がいいからそう思う、
そんなあたしも、変。
ワイングラスを窓辺に置いて、
笑みは崩さず、でもソファの縁に座ったままね。
あたしはどうでもいい風に、沈み込んだまま、
グラスに口をつけたまま。
迂闊に口を開きたくない。
「ん・・・と、シャワー浴びよっかな。」
立ち上がるあなたを目で追って、
あたしたちは目と目で語れない。
りかさんのおっきな目が、あたしを追っかける。
グラスの細い脚を摘んだ、細い指先が綺麗。
形のいい爪が綺麗。
笑みは崩さず、でもソファに沈み込んだまま。
わたしは少し息が詰まって、風呂場に逃げ込もうとしてる。
立ち上がるわたしにどうでもいいふうに。
狭い部屋ですれ違い、甘い香りがすれ違う。
バスルームの扉がそっと閉められる。
そんなに神経質にならないでよ。
寝てるわけじゃないわ、怒ってるわけでもない。
今の距離感に、慣れようとしてるだけ。
あなたほど若くないから順応力ないのよ。
あなたほど若くないから素直に信じられないのよ。
あなたの気持ちなんか。
わたしの気持ちなんか。
シャワーの音は、まだ聞こえない。
ちょっと気合の入ったメイクを落とし、
ちょっとあたしを意識した服を脱いで。
素のままのあなた、ねえ、どのくらいあたしが好き?
なんかいつもより、身体が動かない。
もたもたと繊維入りのマスカラを落とす。
気が付いてくれたのかな、いつもより睫長かったの。
のろのろと柔らかなシャツのボタンを外す。
気が付いてなかったけど、いつもよりも一つだけ大きく開けてた。
久しぶりだから、気合入りすぎてたのかな。
久しぶりだから、はしゃぎすぎてたのかな。
久しぶりだから、うざかったのかな。
鏡に映るわたしを見たくなくて、
シャワーを思いっきり強くする。
四角い小さな箱は蒸気が重くたち込めて。
わたしは押しつぶされるように立ち尽くす。
とってもね、素敵だったの。
きらきらしたスポットのなかの、近くて遠いりかさん。
見慣れた指先の動きの一つ一つが、
聞き慣れた台詞の一言一言が、
まるで始めて出逢うそれのように、わたしの心を締め付けた。
アメニティのバスジェルの瓶を開けて。
一杯の泡に浸かったら、すこしは気分も変わるのかな。
エステの場面の女の子達みたいに、あの人の為に綺麗になりたい。
取り留めのない思いに囚われながら、
むくむくと膨れ上がる、白い水面を眺め。
振り向いてわたしが、曇った鏡に浮かぶ。
濁った鏡面で、笑い顔が泣いてるみたいにぼやけてる。
籐籠に捨てるように服を投げ込んで。
皺になったらどうしょうとか、それでも少しだけ思うわたし。
硬くて白い泡が、身体を包みながら弾け潰れてく。
ぴりぴりするようなその感触は、柔らかくて冷たくて。
ちょうどさっきの部屋の空気と同じ。
噛みあいそうで、噛みあわない。
寄り添いたいのに、寄り添えない。
抱きあいたいのに、抱きあえない。
それって、わたしだけ?
渦巻いて厚みを増す靄に胸と息が詰まりかけた頃、ドアがいきなり開いた。
「忘れてるよ。」
ハスキーで甘い声が、バスルームで木霊する。
真っ白な腕がドアの隙間から、バスローブを差し出した。
靄が部屋へと流れだし、あの人の指は浮き上がるように鮮やかだ。
ノックもしないりかさんなんて、はじめてで。
泡に隠れるようにして、わたしは上目で小さく呟く。
「あ・・・そこに、投げといて下さい。」
「なあに?聞こえない。」
「え・・だから、そこ。」
「聞こえない。入るわよ。」
口がちょっと尖って、拗ねたみたいな顔をしてりかさんが入ってくる。
「あの・・・その辺に。」
泡にまみれてるわたしを見下ろしながら、人差し指を唇にあてて。
「聞こえてるわよ
何度も。」
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