UNBIRTHDAY
人影なんてとっくに無くなったフロントに、肘をつく。
「ごめん、キーもう一つ頂ける?」
まさか否とはいわないわよね。使ってるでしょ、ここ。
無理やり奪い取ってきた鍵を、そっと差し込んで、
重い扉の軋みを消そうと、体重で押し開く。
薄ぼんやりとしたスタンドライトに、目が慣れる。
生活感の見事にかき消されたホテルの部屋に、
微かな息衝きだけが、微かに耳に触る。
Don't disturbを取りあえずかけておく。
室内は几帳面に整ったまま、ルームサーヴィスさえとってない。
ダブルのベッドのその端に、落ちそうなブランケットの塊が浮かび上がる。
「寝ちゃったの?」
誕生日が過ぎてゆく。
無理なんかきくわけないのは、わかってた。
「お先に失礼しま――す。」
一寸だけ酔ったふり、一足早く抜け出して。
「うん、又、明後日ね。」
人の輪に囲まれて、あの人は抜け出せない。
わかってる。わかってる。
シャワーして、髪をブローした。
ナチュラルなグロスをさしてみり拭ってみたり。
バスローブのまま、リモコンでカーテンを開け閉めして、
見えるはずの無い下界に目を凝らす。
カードを開いて、書きなおした。
気に入りの絵を入れてみたり消してみたり。
ルームサーヴィスのメニュー、片っ端から三回読んで、
あの人のオーダーなんか考えてみる。
ベッドに入って、毛布を被った。
垂れ流しのTVをつけてみたり消してみたり。
ベッドサイドの時計、三分ごとに確かめて、
もう寝ちゃおうわかってる。
りかさんの入ってくる音がする。
少しくらい拗ねてもいいよね。
だから眠ったふり。
「寝ちゃったの?」
すこし甘い声、それはすこし酔った声。
私の大好きな声。
温かく体重に包まれる。
その温かさに、不意に寂しくなる。
私の好きとこの人の好きは、同じなのかなあ。
近頃とみに、全然余裕がない自分。
駆け引きとかなんとか、してる暇なんて無い。
だから拗ねてみよう。
「寝ちゃったの。」
聞きながら、ブランケットに手を伸ばす。
蛹のように固まったまま、びくともしやしない。
上からまとめて抱き締める。
うんともすんとも言おうとしない。
ブランケットから立ち昇る体温。
しばらくこの抱き心地を楽しもう。
あやすように抱き締めながら、
その温かさに、不意に寂しくなる。
もしそうならば、さっさと見せて欲しいのよね。
そうでないと、嵌りこみそうな自分。
これが駆け引きなら、それなりにしてあげるから。
だからそう言って。
ブランケットごと抱き締められる。
子供みたいに頬擦りされる。
出口のない思いがぐるぐる頭で回り出す。
回り過ぎて痛くなって、
いやだ、拗ね過ぎて涙出てきた。
動かないのをいいことに頬なんて寄せてみる。
それなりになんて本当は出来ない。
隠れていた思いがぐるぐる頭をかき乱す。
受けとめるのはあたし?
いいえ、本当はあなたかもしれない。
いやだ、本格的に泣けてきた。
見せらんないこんな顔。
腕の下で身体が震える。
しゃくりあげる声がする。
ああ、絶対誤解されてる。
我侭勝手なバカ者だって。
駆け引きと涙で翻弄する。
そんな分かりやすい事ならば楽なんだけど。
今更ここから出られない。
混乱し過ぎて説明できない。
今更ここから抜け出せない。
追われることが追うことにいつかすりかわるの。
細くはった綱の上、恐々とあたしたちは立ち上がる。
空中ブランコ、私はこの人に手を伸ばしていいのだろうか。
「ごめんね。」
「うん。」
「会いたかった。」
「うん。」
甘っちょろい言葉で心に蓋をする。
バカ正直な言葉で心に出口を空ける。
目をつぶってしまおう、手に手を取って綱から落ちるのも悪くない。
手を伸ばしてみよう、この手が掴めるかどうかはそれからだ。
「お誕生日、おめでとう。」
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