四十
「・・・・平気。すこし熱っぽいだけ。」
夜風と湿気が触ったのだろうか。
かをるはだるそうに、横になる。
「いいから、いらしゃい。」
自分の部屋に閉じこもろうとする彼女を、
あたしは無理やりに引きずるように。
「いいの、寝れば治るわ。」
確かに熱のせいか、頬に赤味が射す。
蒼みがかったほどに、肌は白いと言うのに。
「じゃあ、こちらで寝ればいいわ。」
ふらつくような足取りで
崩折れるように、布団に潜りこむ。
寝巻きをとおした細い身体は、
微かな熱を持ちあたしを苛立たせる。
「きもち・・・・いい。」
胸に顔を摺り寄せるかをるを、必死で抱きしめる。
背中をさすりながら、言葉にならぬ言葉を囁きつづけ。
小さく方が震え始め、咳が小刻みに出始める。
布団がぐるぐると回ってでもいるように、あたしはもう縋るように。
細い腕を伸ばし、懐紙を掴み口に押し当てるあなた。
眉間に深く陰が差し、目の淵に涙が滲んでいる。
あたしは舌で、少しだけ塩辛いそれを拭う事しかできなくて。
どれくらい経ったのだろう。
もう町もしんと静まって、猫の声すら聞こえなくなった。
濡れた睫が薄く開く。
「もう・・・大丈夫・・・」
顔を背けて、あたしを押し戻そうとする。
「あんまり近づいて、うつったら、大変。」
あたしは手首を掴んで、こちらを向かせる。
「いいの、あたしは。」
「今更、なにを言っているのかしら、わたし。」
競り上がる嗚咽を堪えるような口調で、痛々しい程の笑みを浮かべる。
「だから、いいって言ってるでしょう。」
折れそうに強張った身体を、無理やりに引き戻す。
握り締めた紙に薄紅の跡。
唇の紅よりも、それはおぞましく錆色を帯びる。
「 ・・・・・よくないわ。」
「いいのよ。」
唇を、唇で強く塞ぐ。
あなたの舌を探り、吸って。
絡められた舌に、苦い味が混ざる。
「ねえ、りか。」
「なあに?」
「わたしね。」
汗の浮いた額に、薄く髪が張りついたまま顔が上がる。
それでもくっきりとした双眸が、薄い闇に浮き上がる。
「欲しいの。」
どうして、そんなに必死な声音なの?
「あたしもよ。」
わたしが求めるのは、この足元から吸い込まれていくような、
不安から逃れる為ではないの。
もう、直ぐそこまで来ている、だから、お願い。
りかを、もっと、ちょうだい。
頬に頬を合わせて、りかの手が身体を弄るのに委ねて。
この委ねる波のひとつひとつが、あなたしか知らないあたし。
確かめるように、あなたのまろやかな波をわたしは手で追って。
耳にかかる柔らかな吐息は、わたししか知らないあなた。
あなたの身体の記憶の何処かに、わたしは住むことができるのかしら。
ようやく少女を脱し始めた身体の線、呆れるほどに薄い鳩尾。
一寸ごとに、刻むように、あたしはあなたに舌を這わせる。
全てを忘れてしまえばいい、そんな思いを込めながら。
振り払わなければ、という思いがあたしを捕らえて離さない。
あの錆色が、この子を染め尽くす日はそう遠くないのかもしれない。
身を鬻ぎ、心を削り、あなたは微笑むのだろう。
それは、あたしの横ではない何処かで。
かをるが甘えるように、長く息を洩らす。
あたしの身体は、か細い指を容易く受け入れて。
浮き上がるような心地よさの中、収縮する。
胸の底から、深い息を吐く。
浅く深く、吐息は揺らぎ、あたしたちは共に天に放り出されたように。
薄い汗、深い吐息、
波打つ胸を胸に受けながら、あたしたちは抱き合って。
「ねえ・・・りか。」
「なあに。」
「わたし、蛍になったら天に向かうから。」
甘く、そして少し苦い余韻の波間で内緒話でもするように。
「わたし一生懸命捜すから。
そうしたら、りかと何処かで又会えるかしら。」
幸せそうに洩らす言葉に、あたしは戸惑いを隠すことが出来ない。
「会って ・・・・どうするの?」
「そうね、ずっうとりかの星の側にいようかな。」
「夜空であたしの側だけじゃ、寂しくない?」
言葉とは裏腹に、あたしはかをるを強く引寄せる。
あたしの胸の中に、この子ははしゃぐように顔を埋めて。
「ううん。なんにもね、いらないの。」
「りかの他は ・・・・・なんにも。」
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