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  三十七







「りか。」


あたしたちの微笑みは、どんどんと頑是無くなるようで。
「ん。」
「ねえ。」
細い指先が、あたしの袂を遊ぶように。
胸の窪みに舌が触れる。





客たちは引け出して、もう通りも静まる時刻。
あたしたちは簾をそっと上げる。
町の明かりはざわめきと共に夜空に散って、、
遥かな天だけが、あたしたちの彼方で冴え渡る。



ふたり寄り添って、凭れあって。
「星の降る音が、聞こえそう。」
かをるは目を凝らし、星を数える。
「あ、流れ星。」
天の川に、指を差す。
そして、露を含んだような瞳であたしを見る。
「りかは、織姫よりきっと綺麗だわ。」




ほっそりとした指が降りて、あたしの指に重なって、
絡めあいながら、夢見るようにかをるは呟く。
「年にね、一度しか逢えないなんて。
 かわいそう、って思ってたの。」
寄り添った肩から、静かな鼓動が伝わる。






「でも、それでも、逢いたいのよね。」
「そうね。」
「りかは・・・それでも逢いたい?」
星明りを受けて、瞳が張り詰めたように瞬く。
艶やかな小さな口唇は、薄く開いたまま。
絡んだ指先が細く震える。







「やっぱり、逢いたい。かしら。」


逢いたくて逢いたくて、きっと気が狂うわ。
狂ってしまえば、それを永遠にできるもの。
この世なんてどれほどに、脆く崩してしまえることか。
いつの間にか握る掌から、あたしの想いは溢れてゆく。


「わたしは・・・・ わからない。」
いつかの夜のように、あたしの手を頬に押し付ける。
「逢いたく、ないの?」
「ううん、逢いたい。すごく。
 でも。」
口唇の震えが、直に伝わる。


「 ・・・・でも?」
「逢いたい気持ちが辛すぎて、逢いたくなくなるかもしれない。」
「そうね。その方が、きっと楽だわ。」
あたしは、空を仰いで答えた。




星の降る音は、しばし止まる。




「だけど、きっと ・・・・無理ね。」
笑いながら、震えながら、絞るようにかをるが言う。
「ええ。」
星々はあたしの目の中で、輪郭をなくしたようにぼやけてしまう。
仄暗い部屋の片隅で、
あたしたちはお互いの吐息に耳を澄ませ、
頬を滑る涙にお互いを浸す。











夜毎見ている空なのに。
どうしてこんなに、涙が止まらないのだろう。
掌を押し頂いたままで、わたしは目を閉じる事もできない。
そっと抱き上げられて、こぼれる雫を舌で掬われる。
しゃくりあげながらわたしは、ほっそりとした肩に顔をのせる。
嗚咽する胸をあわせながら、それでもわたしたちは擁きあう。




星の河を、笹の舟で渡るように。












「 ・・・・いや。」




しゃくりあげた息の下で、切れ切れに言葉が漏れる。
「お客なんて、とりたくない。」
「りかのそばに・・・いたいの。」
「それだけなの。」











揺らぎ波打つ、天の大河
砕け散るのは、星々の飛沫。
あたしの目はもう、潰れそう。



舟は、何処を目指すのだろう。









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