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三十四    

 






かをるのお披露目は、八朔の日だという。

 

 

 

 

廓中の女たちが、白無垢を纏う大紋日。
考えたものだ。
さぞや、かをるの初々しさは際立つ事だろう。
そして、松の位まで上りつめる。
深い淀みに沈みながら。 

 

 

 

 

あたしは、なりふり構わず方策を考える。
あなた一人くらい、逃がす事ならできるかもしれない。
あなたの借金くらい、なんとでもするわ。

 

 

「いいえ。」

 

 

あたしがなんと言おうと、なぜかかをるは首を横に振るばかり。

 

 

 

 

 

 

 

太夫は毎夜、早く帰ってくる。
わたしは夜毎、同じように首を振る。
あなたのいない世界に逃げだすなんて、
きっと、生涯後悔し続ける。
思い出になってしまったあなたを追いつづける。


だから、首を振る。

 

 

 

 

 

 

もう、泣いたりなんかしない。
わたしは、あの日決めたのだもの。

 

 

 

わたしはここにいる。
だから、この人を傷つけないで。

 

 

 

 

 

あたしはその日の着物を誂える。

 

 

誰にも踏まれていない雪よりもなお白く。
溶けてしまいそうに柔らかな内掛けを作らせる。
着物の裾に金剛石の細かな欠片を散りばめて。
呉服屋は目をむいていたけれど、
かをるとの最後の揃いの着物。
誰にも真似できないものにしたかった。

 

「ねえ、りか。」
「なあに。」

 かをるの声は、日毎に甘くなってゆく。
この世の全ての愛おしいものが結晶する。
そして、頭を上げるあなた。
 「今日のお座敷・・」
「長っ尻の客で、疲れたんじゃないの?」
「ううん、とても綺麗だったの。」


「なにが。」
「りか。」


「いつもと変わらないわ。」
「わたし、一生懸命見てるの。
 見れば見るほどね・・・どんどん美しくなっていくの。」
「気のせいよ。」
「ううん、りかはいつも違うの。
 でも、どのりかも美しいの。」
 どうして、そんなことをこんなに一生懸命云うの。
ねえ、なにが云いたいの。
わからない自分がもどかしくて堪らない。 






 
今日もあたしたちは大見世に座る。






「太夫は、好きなの?」
「ん?」






「芍薬。」





 
屏風に目を向けて、かをるが尋ねた。



「そうね、どうして?」
「ん、まるでりかみたいだ、って思ったの。」 
大事な秘密を囁くように、かをるはあたしに耳打ちする。


 「まあ、どうして?」
通りなどそっちのけで、あたしはかをるに笑みを向ける。
傍から見たらさぞや、仲睦まじい姿だろう。
のたうちまわるままの、あたし。
 

「だってね、柔らかくて優しそうで、儚げで艶やかで。」






わたしは精一杯の言葉を並べる。
どれほどにあなたに、憧れているか。
どれほどにあなたが、恋しいか。
なぜだかこんなにも、伝えたくて堪らない。
太夫は嬉しそうに、翳るように微笑んだ。





「あたしは・・・そんなじゃ、ないわ。」



 薄い皮膚の直ぐ下で、身体中どろどろと恋に焼き尽くされて。
それはもう爛れてしまうほど。
なのに、あなたはいつもとても綺麗なまま。
たとえその身を売ったとしても、
それでも白く、清らなまま。



あたしが求めている程に、あなたが求めることなど、
あるはずがない。




格子を通し、揺れる翳。
虚ろに響く三味線の音、物見遊山のざわめき。
行き交う客たちの視線の中で、あたしは微笑みながら沈んでいく。








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