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  三十三     











座敷を早々に切り上げる。
かかる息すら、厭わしい。
毛ほども感じさせないように、
睦言に酔わせながら、身体を委ねる。 





寅時の大門、後朝の別れまで待っていられない。
仲の通りを、小走りに店へ戻る。 







部屋にはひとの気配はなく、冷たくなった夜具だけが、
丁寧に敷かれている。
あんな薄い蒲団ならば、ここで寝むようにと、
いくら言い聞かせてもかをるは部屋に戻ってしまう。




もう、とっくに寝てしまったのだろう。
あたしときたら、なにをそんなに急いでいたの、
自分に呆れて苦笑いする。
さっさと寝支度をしてしまおう。
鏡に向かい、髪を下ろす。









暗い灯りの中、音もなく襖が開かれる。





「かをる、まだ起きてたの?」





灯りの届かぬ中なのに、鮮やかな瞳でこちらを見つめる。
「なら、いらっしゃい。
 こっちで寝みましょう。」
聞こえているのかいないのか、口唇を引き結んだままの顔が鏡に浮き上がる。


「どうしたの、入って。」







「身体が冷え切ってるわ、寝ていなくてはだめじゃない。」
大事にしなくては、そんな苛立ちがつい強い口調になる。
蒲団の中で、細い身体がしがみつく。
客の匂いが残っていないとよいけれど、ふとそんなことを思う。
何も言わずに、子供みたいに縋りつくあなた。
「ごめんね。苦しかったの?」
小さく首を振って、またあたしにしがみつく。
抱き締めて、背中をさするようにして、
頬を寄せてどれほどにあなたがいとおしいか、伝わるようにと。






「・・りか。」
ぽつりと言葉が洩れる。
「なあに?」



あたしに真っ直ぐに向き直り、血の色の失せた口唇が開く。
「今日、言われたの。」
「なにを。」





「 ・・・・・ お客が決まった、って。」













消え入るような、ことば。
柔らかな夜具は、不意にあたしたちを受け止める力を無くす。
細い灯りの下、ぐらりと部屋が歪む。




「とても、いい方なのですって・・・・
 初めてなのに、わたしなんかに、
 とても・・・とてもたくさんのお金を払ってくれる、って。」
あたしに縋る腕が緩む。
あたしは必死で引寄せる。
「だから、やっと、返せる・・・りかに。」









なにを、返すというの。
なにも、いらない。
なにも、ほしくない。







ただ、あなたに肌を寄せ、
あなたに息を絡め。















 辛すぎると涙なんて出てこない。
貪るように抱きあって、
ただ縺れあい、深い淵におちていく。









ねえ、かをる、泣いて頂戴。










そうすればあたしも、泣けるから。












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