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  三十二







「なんでもいいの、薬を出して。」





不安でまんじりともできなかった翌日に、
あたしの口調はきつくなる。
悪くはならない、けれど良くもならない、
そんな程度の薬しか、ないらしい。


「あとは、養生させることだね。」
襖の向うを目配せするように、低く医者が言う。






小さな部屋の薄い蒲団に、力無くかをるが横たわる。
入ってくるあたしに、それでも白い口唇で微笑んで。
それでもちいさく笑窪が浮かぶ。


「ちゃんと飲まなきゃ、駄目よ。」


「 ・・・もう少ししたら、起きられますから。」
そんな潤んだ瞳で言う言葉じゃないわ。
枕元にあたしは盆を置く。
「今日は寝んでいなさい。
 お内儀さんたちには,夏風邪だって言っておくから。」


寝巻きから細い腕が伸びる。
押し包むように手を取って、掌に口を寄せる。
微笑みはあどけなく、ふんわりとあたしを包み込む。


「ごめんね ・・・ りか。」
「なにが?」
「だって、こんな高い薬。」
「言ってるでしょう、これもあたしの仕事のひとつなの。」
ああ、不安が滲んでなきゃいいのだけれど。
かをるの大きな瞳が、じっとあたしを見つめる。
熱で潤んだそれのなかに、輪郭だけのあたしが浮かぶ。


「ちゃんと・・・」
「え?」
「ちゃんと、返すから。」
いつのまにか笑窪は消えていた。
「ちゃんと稼いで ・・・わたし。」


堪らない気持ちに襲われる。
見ないようにと、目を背けていたものが、
いきなりあたしに、のしかかる。




かをるの手に、思いきり歯を立てる。
「痛、っ。」
驚きで目を丸くさせて、そしてやっと笑窪が戻る。


「下んないこと言ってないで、ちゃんと寝みなさい。」















それでもかをるは、座敷についてくる。
あたしがなんと言おうと、がんとして聞き入れず。
あたしはかおるの前で、客共にしなを作り媚びを売る。


それでもわたしは、太夫を追いかける。
この美しい人を、すこしでも長く見つめていたくて。
太夫はわたしの中で、それは艶やかに夢を紡ぐ。






柔らかな丸みを、指で追ってみる。
かをるはあたしの腕の中、溶けるような目を伏せて
「ちゃんと、食べてるの?」
「はい。」
「又、痩せたのではなくて。」
あたしの腕に、やわらかな頬が滑る。


「いいえ・・それを言うなら、太夫の方が。」
「りか・・よ。」


「りか、の方が心配。」
「黙って。」


指で静かに、かをるに分け入る。
剥き出しの皮膚が絡みつく。
あたしの腕にかをるが凭れかかる。
あたしだけに、凭れかかる。


滑らかに熱い粘りを帯びた身体をかき混ぜる。
纏わりつく今を、それだけでも忘れましょう。
吐息が喘ぎ、小さな悦びの声となるように、



あたしはありったけの想いを込める。









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