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  三十一









柳の緑が、色を増す。
簾から漏れる陽射しは、強さを増して。


夜が寝苦しくなってくる。
暑さのせいばかりではない、重い何かはわたしの胸に巣食ったまま。
そして出口をそろりと捜し始めていた。






一日が長くなってくる。
残る薄明かりを、堤燈の煌きが消してゆく。
今日もあたしは通りを眺める。
方形に象られた影絵に向かい、ぐるりと目を流す。
そして傍らのかをるに目を落とす。


あたしとかをるの大見世は、いまや廓中の評判だという。
そしてかをるには、さぞや高い値がつくことだろう。



紛い物の灯りが揺らめく中で、かをるの白い肌が浮き上がる。
ほっそりとした首を傾げ、煙管を詰めかえる。
季節の移ろいにつれて、又痩せてしまったようで、
手首に薄く、青い筋が走る。
着物の地色に映えて、透き通りそうな頬に滴るような紅い口唇。
目を上げると、ちいさく笑窪が零れた。











差し紙が届き、蒸す街中を太夫の後をついてゆく。
この後姿をいつまでも眺めていたい。
巡る灯篭の下、わたしは叶わぬ夢を見る。
わたしたちはただひとりのものにはなれはしない。
この街の中で、わたしは不相応な思いを噛み締める。
いつものように宴が終わり、いつものように閨へ向かう。

わたしの前で、襖は固く閉ざされる。


およそ自分らしくはない思い。
月はどんよりと、濁ったような光りを帯びて。
夜風すら熱を帯びる季節が、もうそこまで来ている。
自分でもどうしようも出来ない想いが、渦を巻く。
今夜は熱っぽい。
臥所への足を速める。









薄い蒲団の下、わたしはこの重さを扱いかねる。
側にいられたら、ただそれだけだと思っていた。
近づけば近づくほどに、あの人はわたしを引寄せる。
溶けあってひとりになりたいと、心が声を上げる。
渦を巻く想いに、夢が混ざりはじめる。


蝋燭の明かりの下、ささくれた竹の音、紅く染まる肌。
そっと触れる指先、わたしを滑る口唇。
ざわめく通り、後ろ姿。


そして、桜の下で寄りそうわたし。
花は散るのが、此の世のならいなのか。


降りつもる花弁で、わたしは押し潰される。
息が詰まる。










「かをる・・っ!」





夢はいつしか現にその姿を変え。
襦袢の太夫に抱き締められているのに、気が付く。
わたしはしがみついて、咳込む胸がきりきりと痛い。
柔らかな胸に包まれて、このまま溶けてしまえたらと。
頬が濡れてくる。
喘きながらわたしは、それは自分のものではないことに気付く。




「よくなっていたと、思ってたのに・・・」
押し殺したような呟きが、切れ切れに聞こえる。
抱き締める腕が温かい。



「り・・・か・・・・・」



ああ、あたしはなんて迂闊なのだろう。
胸の病はそう感嘆に治りゃあしない。
そんな女を腐るほど見てきたのに。
もう大丈夫かと、薬すらまともに買っていなかった。
この子が自分から言うはずなど無いことは、分かっていたのに。
この街の明かりにも似た、目の前の幸せに目が眩むばかりで。
かをるはどれほどに、一人で耐えていたのだろう。
あたしがあたしを鬻ぐ夜を。



「明日・・・・・・明日になれば、又薬をもってこさせるわ。」


押しつけられる身体は、痛い程に熱を帯び。
厭な汗が間断なく滲み続ける。
震える睫、開く紅い口唇。


「どうして言わなかったの ・・・・」


わかりきった言葉しか出てこない。
涙を張った潤んだ瞳が薄く開く。
漏れる息の下、開く唇から切れ切れの声がする。
あたしは必死に耳を寄せる。



「りか・・・」
「なあに、かをる。」


「いっし・・ょに・・・・・」
「一緒よ、あたしたちは。」


こんなに苦しそうに何を言おうというの。
お願い、もう、口など閉じて。
眉根を寄せながら掠れたように、微かな声で。





「・・・・とけて・・・しまいたい・のに・・・」








溶けあって、ひとつになってしまえたら。
あたしはかをるを固く抱き、
白々とした朝焼けの下、ただそれだけを思い続けた。












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