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  • Reviewed in Japan on October 8, 2022
    2012年10月刊。これは著者の京都大学大学院での博士論文が大元となって2005年に出版された著作の新装版。今年の参院選で台頭してきた極右排外主義政党「参政党」が、「エコロジーと排外主義を融合した政策」を提言していて有機農業界各位から厳しい批判を浴びていたが、ナチスとエコロジーの関わり~私もざっくりしたことしか知らなかったので、これをじっくり読んでみた。非常に有益な研究成果である。
    ナチス台頭以前、1920年代半ばの「人智学者」ルドルフ・シュタイナーによるバイオ・ダイナミック農法(BD農法)提唱~これは農業機械・化学肥料を否定し、家畜の糞尿を肥料とする有機農法の一種だが、これがすぐにナチスと結び付くわけではない。むしろその神秘主義的・スピリチャル系の思想がゲシュタポ(国家秘密警察)などに危険視され弾圧されることにもなる。また、ナチス政権成立後の農業大臣ダレーも、戦時体制への準備として農産物増産・食料自給率向上を第一に目指す必要から、化学肥料や農業機械の使用を否定しない。ナチス政権下でもBD農法の評価はルドルフ・ヘスのような熱心な擁護者からハイドリヒのような否定論者まで様々。菜食主義者であるアドルフ・ヒトラーもBD農法による作物を食していたようだが、必ずしも積極的な推奨者ではなかったよう。それが1940年のフランス占領あたりから流れが変わっていく。フランスからの豊富な農作物輸送が可能となり、また、1930年代の米国での大規模農場での化学肥料過剰使用による土地疲弊&ソ連での集団農場化へのアンチテーゼとしての「小農主義」~「人間と自然の融合・一体化」「大地に根差すドイツ民族」という観念~「血と土の結合」~それは一種の「人間非中心主義」でもあり、ナチス政権下では所謂「動物保護法」的な法律も施行され、自然循環型の農園共同体が志向されるが、同時にそれは徹底した「ゲルマン民族以外の排除」とも繋がってくる。ポーランドやバルト海沿岸などへの侵攻後の、占領地への「ドイツ人植民と現地人排除・奴隷化」、その地でのBD農法奨励。徹底的に「ドイツ人のためだけの有機農法」が追求される究極のディストピアでもある「有機農園」。印象的なのは、親衛隊トップのヒムラーが、各地に作られた強制収容所でBD農法による「菜園」を経営し、そこでユダヤ人たちを強制労働させていたこと。
    この著作は勿論、有機農業やエコロジー思想を批判するものでも何でもない。ただ、あの時代にナチスドイツと有機農業・エコロジーがいかに「奇怪な結び付き」をしていたか、その思想と実践の複雑な様相を非常に詳細に調べ上げた研究である。10年経ってもちっとも古くない。
    現代日本で「参政党」なる奇怪な勢力が台頭し、それに惹かれる人が少なからずいる中で(先日、北海道の土地売買を巡って物議を醸していた長渕剛も「参政党」に入れあげているらしい)、こういう研究成果はますます重要である。また、「歴史を学ぶ」「歴史に学ぶ」ことが、いつになっても大切であることを改めて感じさせてくれる。
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