弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

当然終了事由を労働契約に組み込むことの可否及び限界-無期転換後の非常勤講師との労働契約を授業担当をさせないことによって一方的に終了させることが否定された例

1.大学の非常勤講師の働き方

 大学の非常勤講師の方は、

担当授業1コマあたり○円、

といった賃金形態で働いていることが少なくありません。

 しかし、開講授業やカリキュラムの編成、担当教員の割当は、基本的には大学側に決定権限があります。

 それでは、大学側で担当コマ数をなくすことにより、労働契約を当然終了させることはできるのでしょうか? これは非常勤講師方の労働契約が、特定の授業・コマの担当と結びついていて、授業・コマの消滅が労働契約の終了を含意しているといえるのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。津地判令6.12.12労働判例ジャーナル159-42 学校法人享栄学園事件です。

2.学校法人享栄学園事件

 本件で被告になったのは、大学・短期大学を設置運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で非常勤講師として働くことを内容とする労働契約を締結し、1コマ9600円で授業を担当していた方です。この労働契約は期間を1年とするもので、16年以上に渡り継続していたことから、原告の方は無期転換権を行使しました(労働契約法18条)。

 その後、被告は無期転換権の行使により労働契約が期間の定めのないものに変更された非常勤講師(無期非常勤講師)の雇用を継続しない方針を決定し、授業担当を消滅させ、「雇用契約終了のお知らせ」と題する書面を交付しました。

 これに対し、原告の方は、雇用契約終了の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件で被告が展開したのは「労働契約の当然終了」という主張です。

 聞きなれない主張だと思いますが、その内容は次のとおりです。

(被告の主張)

「原告との本件労働契約は期間の定めのないものに転換されたが、非常勤講師は担当コマ数単位の契約である以上、次年度の担当コマ数がない状況は当該就労形態に内在しており、その場合に契約が終了することは当該就労形態を選択した原告の意思に基づくものである。どのような授業を開講し、どの教員に担当させるかは、経営上ないし教学上の方針にもかかわる被告の専権事項であり、被告において次年度に原告に提供可能なコマが全くなくなったのであるから、当事者の合理的意思として、当年度末をもって本件労働契約が当然に終了した。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約の当然終了の主張を排斥しました。結論としても、原告の地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「法18条の立法趣旨は、濫用的な有期労働契約の利用を抑制し労働者の雇用の安定を図ることにあり、有期労働契約時の就労形態にも特段の限定を設けていない。原告が非常勤講師であるとはいえ、法18条に基づき無期転換した本件労働契約の本質的内容は、期間の定めなく労働契約が継続することにあることは当然である。」

「本件労働契約は、非常勤講師という就労形態の性質上、各年度に担当コマ数が変動し、賃金もこれに連動して変動することが予定されており、カリキュラムの編成や担当教員の割当ては、基本的に被告の教学上ないし経営上の方針に基づく裁量の範囲に属するから(就業規則7条2項1号、8条)、担当コマ数の最終的な決定権限は被告にあると認められるものの、被告が当該権限を有するからといって、契約関係を解消したい教員に次年度の授業を担当させないことによって一方的に契約を終了することができるとすれば、実質的に無期転換後の雇止めを許容する結果となり、有期契約労働者の雇用の安定、継続を図るために無期転換権を保障した法18条の趣旨に反する。

「また、原告やP3は、無期転換後も担当コマ数の大きな変動はないものと理解しており(原告本人、P3本人)、無期転換後の本件労働契約締結時(平成31年度(令和元年度))に、被告が原告やP3に対して、担当すべき授業がない場合には当然に契約が終了する旨説明したなどの事情は見当たらず、当事者の合理的意思としても、次年度に担当すべき授業がないとされた場合に契約関係が終了することを想定していたと解することはできない。

「したがって、令和3年3月末日をもって本件労働契約が当然に終了したとする被告の主張は採用できない。」

3.当然終了の原因を労働契約に組み込むことができるのか?

 労働契約の当然終了というのは、かなり違和感のある主張のように聞こえます。

 しかし、有期労働契約は期間の満了によって当然に終了するのが原則ですし、私傷病休職が満期を迎えた時には「自然退職」という言葉も使われます。こうした仕組みと並行的に考えると、一概に労働契約が当然に終了する事由を当事者間の合意によって設定しておくことができないとは言いにくいようにも思われます。

 本件では労働契約法18条の趣旨、当事者間の合理的意思から当然終了の主張は排斥されましたが、合意によって当然終了事由を創設することの可否やその限界については、今後、もっと意識的に議論されても良い問題であるように思われます。