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「啓蒙する」はいつ許されたのか?

ポイント

  • ある考えや事柄を教え広めることを「啓蒙する」ということがある。

  • 筆者が高校生のとき、「啓蒙する」は適切な言葉じゃない、と言われたのが印象的だった。代わりに「啓発する」を使っている。

  • 数年前まであまり聞かなかったが、最近はSNSやメディア(アナウンサーなど)が使っているの目に(耳に)する。

  • 一般動詞としての「啓蒙する」は許されたのだろうか?

背景

筆者が高校生ぐらいのとき(2000年代初頭)、環境問題の啓発活動に携わっていました。その活動に直接関係したかどうかは定かではありませんが、どなたかから、問題意識を広め共有することを「啓蒙する」というのは適切ではない、と聞いたことがとても印象的でした。あとづけの記憶かもしれませんが、侮蔑的という指摘もあったように思います(言葉に置き換えると強い字面ですが、なんとなくそんな感じ)。「啓蒙」といえば、世界史で習う啓蒙主義や啓蒙思想という単語が思い浮かびます。生徒の自分にはなじみの深い言葉だっただけに、そうした指摘はインパクトがあったんでしょうね。
 上記にも用いましたが、その代わり「啓発」という言葉を用いています。近年の筆者の活動でも、「世界自閉症啓発デー」や「発達障害啓発週間」に倣い、「啓発イベントを催す」などという使い方をします。
 とはいえ、私自身は、他者が用いる特定の言葉を過度に制限・非難するような、言葉狩りはあまり好きではありません。もし、「啓蒙する」が市民権を得ており、その背景からも使用が適切で、他に代替する言葉がないなら、あたたかくカムバック(?)を喜んであげたいと思っています。

本当に増えているのか?

世の中に影響力のありそうな文書を選んで、「啓蒙」という語句が多いのか、大雑把に調べてみたいと思います。
 ここでは、Googleで検索したニュース記事と、国会答弁の内容を検索して、2010年からの推移を調べてみます。

ネットのニュース記事での割合

まず、「啓蒙」を含むニュース記事の割合を調べたいと思います。
Googleの検索機能で、期間を限定して記事のヒット数を調べることができます。やり方が正しいかわかりませんが、検索ワードは「""」無しの「ニュース」として、2010年から2023年8月27日現在(記事書き始め時点)までの「ニュース」タブで表示されるヒット数を年ごとに集計しました。その上で、同様に「"啓蒙"」でヒットした「ニュース」の数を集計しました。
 つまり、各年の(たぶん)ニュース記事数中の「啓蒙」を含むニュース記事の割合がわかるはずです。

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全ニュース中の"啓蒙"とついたニュース記事の割合

…あれ?2016年あたりからめちゃくちゃ少ないし横ばいですね…
私の感覚は幻覚だったのかな…
 そう思ったら、2010年のニュース記事数自体が59,000で、2023年8月27日現在が76,600,000!現在は13年前のおよそ1300倍の数になってるんですね…
急激にネットニュースの数が増えてきたんですねぇ。。

ニュースに該当しないけど「啓蒙」を含む記事のうち、ニュースの数の割合はどう推移しているでしょうか。
 ニュース記事がより広く情報を伝えるものであれば、同じ「啓蒙」の語を含む記事でも、ニュースの割合が増えていれば目につく確率も上がっているでしょう(たぶん)。。

「"啓蒙"」でヒットした「ニュース」の数は先程と同じで、今度は同じ検索ワードでニュースに該当しない記事も全て含んだヒット数を分母に、比を取りました。

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"啓蒙"とついた記事のうちニュース記事の割合の推移

今度は全然違う傾向になりました。16年〜21年あたりは、横ばいかちょっと減っていますが、その後グーンと増えています。特筆すべきは、まだ8月(※執筆時点)にもかかわらず、2023年で最も割合が高くなっています。
「啓蒙」という語を含む記事の中で、ニュースとして世に出る記事の割合がぐっと増えていると言えるでしょう。たぶん。。
 でも、なんとなく私の実感には合っていますねぇ…

もしかしたら、これは「啓蒙する」復古の予兆かも・・・・!

国会会議録での言及

全国民を代表する国会議員が議会で使用する頻度が多ければ、もしかすると「啓蒙する」という言葉も信託を受けたと考えて良いかも!
 そこで、2010年(第173〜176回)から2023年8月27日まで(第210〜211回)までを対象に、衆議院、参議院、両院協議会・合同審査会等での議事録での「啓蒙」の該当箇所の数を検索しました。
https://kokkai.ndl.go.jp/#/

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「啓蒙」の発言を含む国会議事録の数の推移

これを見ると、当該期間での「啓蒙」発言を含む議事録数は減少傾向にあるようです。
 ちなみに、該当箇所の数/該当議事録の数で比を取ると、ほぼ横ばいで、同じ議事録の中で連呼される数が減っているわけでもなさそうです。

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「啓蒙」の発言と該当する国会議事録の数との比の推移

以上を鑑みるに、一応、市民を代表するような人たちの間で「啓蒙」発言が増えているわけでもなさそうです。どのような文脈だったのかわからないので注意が必要ですが、いずれにせよ、ニュースで用いられるような、メディアの傾向とは異なるように思えます。
 でも、そもそも「啓蒙」という言葉の何が問題だったのでしょうか?もしかすると、筆者が「啓蒙」という言葉をネガティブなものと勘違いしているだけで、本来の意味合いはもっとフラットなのかもしれませんね。僕のとおい記憶だと、ジョン・ロックとか、モンテスキューやルソーに代表されるような、啓蒙主義思想が思い浮かびますが…あってますかね。

辞書的意味

そこで、辞書的な意味を調べてみました(2023年8月時点)。

新語時事用語辞典

啓蒙
読み方:けいもう
英語:enlightenment
啓蒙の意味、啓蒙とは
啓蒙とは、知らない人を教え導くという意味。啓は教え導くという意味の漢字で、蒙は道理にくらい人、道理を分かっていない人という意味の漢字である。古くは後進的な知識しか持たない人々に先進的な知識を教え広めるという意味に使用された。啓蒙の語は例えば、迷信を信じている人々に科学的な知識を教えて広めるといった意味、文明人が非文明人に物の道理を教えるといった意味に使った。一般大衆を特権階層の人が指導するといった色合いを込めて使われた時代もあった。

啓蒙の語は現代では、ある分野において余り知識のない人に対して、その分野の専門家が画期的な方法を指導するといった意味で使用することが多い。公衆衛生や教育などの社会活動、工場や現場の管理方法などの産業活動などあらゆる面に使用される。啓蒙をする活動のことを啓蒙活動という。医師組織の病気に関する正しい知識を普及する活動や臓器移植のドナー登録に関する知識を拡げようとする活動などがこれに当たる。

https://www.weblio.jp/content/%E5%95%93%E8%92%99

お、使っても良さそうじゃないですか!僕の了見が古いだけで、令和では問題ないのかな…?

デジタル大辞泉

けい‐もう【啓×蒙】
[名](スル)《「啓」はひらく、「蒙」はくらいの意》人々に正しい知識を与え、合理的な考え方をするように教え導くこと。「大衆を啓蒙する」「啓蒙書」

https://kotobank.jp/word/%E5%95%93%E8%92%99-489299

精選版 日本国語大辞典

けい‐もう【啓蒙】
〘名〙 (「蒙」は道理をよく知らない意) 一般の人々の無知をきりひらき、正しい知識を与えること。〔文明本節用集(室町中)〕

https://kotobank.jp/word/%E5%95%93%E8%92%99-489299

コトバンクのサイトの「啓蒙」単体の意味を見ると、時事用語辞典とは違って、現代ではどうとかいう区別が無いんですね。。
 ちなみに、「」と「」それぞれの意味を見てみると…

「啓」の意味

デジタル大辞泉

けい【啓】
読み方:けい
[常用漢字] [音]ケイ(漢) [訓]ひらく もうす
1 わからないことを教えて導く。「啓示・啓発・啓蒙(けいもう)/天啓」
2 開放する。「啓蟄(けいちつ)・啓明」
3 申し上げる。「啓上・啓白/謹啓・拝啓・復啓」
4 出発する。貴人の外出の敬称。「行啓」

けい【啓】
読み方:けい
1 《「申し上げる」の意》手紙の冒頭に用いる語。「拝啓」より敬意が低い。
2 公式令(くしきりょう)に定められた公文書の一様式。皇太子・三后に下から奉る文書。
3 上官に奉る文書。

https://www.weblio.jp/content/%E5%95%93

「蒙」の意味

デジタル大辞泉

もう【×蒙】
読み方:もう
[人名用漢字] [音]モウ(慣) [訓]こうむる くらい
1 おおう。かぶさる。こうむる。「蒙塵(もうじん)・蒙霧」
2 くらい。物知らずで道理がわからない。「蒙昧(もうまい)/愚蒙・訓蒙・啓蒙・童蒙・便蒙」
3 「蒙古」の略。「満蒙」

もう【×蒙】
読み方:もう
道理をわきまえず、愚かなこと。無知なこと。

https://www.weblio.jp/content/%E8%92%99

やはり、「蒙」の意味にはあんまりポジティブな要素がなさそうな気がしますね…

本来の「啓蒙」の意味

やはり本来の意味での「啓蒙」は、啓蒙思想からきているように思えます。

カントにおける啓蒙思想再考 : 世界 市民性と地理的思考に着目して
(広瀬, 2011)
曰く、

カントは、他人の指導がなければ自らの悟性を用いることのできない「未成年状態」から抜け出ることを、啓蒙であると定義する。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/139735/1/eda57_067.pdf

ははあ、まだ未成熟な、道理にくらい状態を脱させる、という意味合いがあるみたいですね。なんだか上から目線な気がしますが、どうなんでしょう。

ちなみに、「啓蒙」は英語でenlightenmentで、カントの説明にもこの訳語が用いられているみたいですね。
「What Is Enlightenment? Immanuel Kant」

Mary C. Smith氏の訳(とのこと)
 このenlightenmentは、啓蒙の言い換えである「啓発」とも訳せるみたいです。だったら、どっちでもいいんじゃ??

一般動詞として「啓蒙」を使うことの問題

特殊な術語である

辞書やカントの定義についての説明からもわかるように、「啓蒙」というのは、道理にくらい人をそのような状態から脱させるという、啓蒙思想に立脚した特殊な意味合いがあるように思えます。「啓蒙」は「啓発」と同じような意味合いで使われるようにも思えます。一方で、その本来の意味である「啓蒙」とも、一見意味が似通っています。文脈でも区別はできそうなものではありましょうが、「啓蒙」という言葉を使うことは、使用者が意図している以上の意味を付加し得ると言えそうです。
 辞書での「蒙」の意味にみるように、「啓蒙」という言葉は、構成する漢字の意味があんまり良くはないようにもみえます。そのように考えると、あえて使う必要は無いのではないでしょうか。

言葉狩りは嫌いだが…

以上にご覧頂いたように、「啓蒙」という言葉は、ニュースのようなフラットに情報を伝えるべき場面で、使用頻度が増えているように思えます。一方で、同じように公共性があり、国民の代表格であるべき人々の発言の場では、増えているようには思えません。なぜ前者で使用が増えているように思えるのかは、相変わらず謎が残ります。

「なんとなく意味が通るんだから良いじゃんか。まじめか!」
 確かに、その気持ちもわかります。

筆者は、「言葉には敏感になるべきだ」と学生のころ教えられました。いま、それを守れているかはわかりませんが、自戒を込めて、いまそのことを一層考える必要があると思っています。なぜなら、ある言葉は特定の「概念」を示すものであって、ときには、その「概念」を曖昧なまま放置することが適切でないことがあると考えるからです。

例えば、「AI」。これは言うまでもなく、「Artificial intelligence(人工知能)」のことです。しかし、私たちがヒトにおいて「知能」と呼ぶものがまだなんなのか、よく分かってないのに、その人工物とは一体なんなのでしょうか?それを放置することは、任意に誰かの作った尺度で私たちヒトの能力の良し悪しが論じられかねないのではないでしょうか。

例えば、「血液型診断」や「MBTI」。これらはヒトの性格や個性を記述する概念として適切ではないと、長い間指摘されてきています。これらを放置することは、ある根拠の希薄な類型論を安易に使用するによって、個人の性質を決めつけてしまうような差別や偏見を助長するのではないでしょうか?ある血液型やMBTIのタイプが差別される現状について、「そんなものは根拠がないから使うのをやめろ」と声を上げないことは、誠実でしょうか。

例えば、「ギフテッド教育」。どのような人であろうと、その能力を誇れるものと思うなら、それは授かり物でしょう。しかし、発達障害(神経発達症)の病態が、根拠が希薄なまま優れた才能と結び付けられるような教育の概念があるなら、それには疑問を持たざるをえません。病態、すなわちその人の行動特性が日常の困りごととに結びついていると思うなら、それは当人にとって秀でたものと思えるでしょうか?そうした概念を放置するとこは、その人の困りごとを「授かり物だから」と、適切な対処から遠ざけかねないのではないでしょうか。

筆者が研究活動をしていると、ある概念をほかの概念とごっちゃにしてしまっている場面に遭遇します。そのことにより、例えばある言葉や概念が科学的、あるいは学術的お墨付きのあるものとして、一人歩きするということがあり得るのだと思います。

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