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私は元・家賃保証会社の管理(回収)担当者。十数年間働いて去年、辞めた。現在まったく無関係な仕事なのかと言えば、そうでもないのだけど。
私はこれまでの記事で「家賃保証会社の対応は、各社バラバラ」と何度も書いた。主に管理(回収)面で。では、契約の入口である「審査基準」はどうだろう? これもまた、各社で異なる。しかし、傾向はある。
例えば、審査に通りにくい「職業」について。
皆さんは何を思い浮かべるだろう? 例えば、キャバクラ嬢やホスト、そして風俗嬢はそのうちの1つではないだろうか。少なくとも私が働いていた会社では、そうだった。特にホストは本当に審査に通りにくい。もしかしたら無職よりも。
審査を担当する同僚に言わせれば、その理由は2つある。
1つは、単に審査基準の問題。水商売には、厳しい。もう1つは、ホストはやたらと賃料の高い物件の申込をしてくるから、らしい。
ホストクラブに入店して1カ月目なのに、申込書には年収800万円と記入されている。対象物件は家賃20万円の部屋。「家賃4万~5万円ならともかく、そんなもん審査通るわけないだろ」と、同僚は苦笑していた。
今回は、ある街のホストの話を書いてみたい。
2025年5月20日に、悪質なホストクラブを規制する改正風俗営業法が成立した。世の中はホストにとってまさに逆風。トラブルを報じる記事も多い。ただ、もしそういう記事を期待されているのなら、誠に申し訳ない。本稿は全く関係のないお話である。
ホストクラブがマンションを「まるごと」購入
ある年の7月、朝8時50分。A県B市。コンビニの外壁に背を預け、私はペットボトルに口をつけた。
朝まで吞み明かしたらしいホスト2人と女性が、大声で笑いながらコンビニから出てきた。
私の目の前に、黒いワンボックスカーが停まる。ホストの顔写真と店名がプリントされた車体。左手の路地から現れた別の3人のホストが、その車に乗り込んだ。
B市中心部の毎朝の風景。「こんなに需要があるの?」と不思議に思うほど、B市にはホストクラブが多い。だが、需要はあるのだろう。そのコンビニから車で10分ほどの距離にあるマンションが、それを証明していた。
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パーキングに車を停めて、その10階建てのマンションを見上げた。壁に大きく張り付けられているのは、あるホストクラブグループの看板。戸数は60戸程。古びた鉄筋コンクリートのマンションではあるが、立地は決して悪くない。
数年前に、いくつものホストクラブを擁する会社が、マンションを1棟まるごと買った。
マンション自体は普通のそれである。入居者のほとんどはホストクラブとは関係ない。
なぜそのホストクラブグループの代表は、マンションを買おうと思ったのか? 具体的な価格は知らないが、どう考えても安い買い物ではない。
答えは、「所属のホストが部屋の入居審査に落ちまくる」から。だったらマンションごと買おう、となったらしい。
ホストクラブやキャバクラが寮として部屋を借りるのはよくある話だ。このマンションだって一部はそういう寮として使われている。ただ、マンション1棟を「買う」というのは、私はあまり聞いたことがなかった。
その話を不動産会社から教えてもらった時、浜田省吾の名曲「MONEY」が頭に響いた。ヒュウという音が、口から漏れた。
ホストクラブグループの看板から視線を落とす。延滞客への訪問のためエントランスへ向かう。今日は午後に来客がある。これから手早く15件くらい訪問し、会社に戻らねばならない。
2カ月でホストを辞めた滞納者、その母親
翌日の午前10時。
落ち着いたブラウンの外壁。周囲と比較しても、洗練された外観の5階建マンション。1階にはスペイン料理屋。窓ガラスに描かれたメニューを横目に、私はマンション入口の自動ドアを潜った。
エントランスで、401号室のインターホンを鳴らす。女性の声。挨拶を返し、開いたオートロックドアを通りエレベーターへ向かう。
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401号室のシステムキッチンの前で、Nの母親が小さく頭を下げた。
「すみません。ゴミ捨て場が閉まってて、捨てられなくて……」
彼女の傍らには、4つの大きなゴミ袋。視線を居室に向けながら私は答えた。
「私が処分しておきますから、大丈夫ですよ」
昨日、Nが滞納した家賃4カ月分40万円を払ってもらっている。母親である彼女には支払義務もないのに、わざわざ九州の◯◯県からやってきて。ゴミ袋の処分くらいは、喜んでサービスしよう。
部屋の契約者であるN自身は、ホテルで父親と過ごしている。体調不良だと。だから母親とだけで、部屋の明渡直前の掃除をしていたのだ。
この401号室の家賃は、1カ月10万円。1LDK。契約者Nは26歳の男性で、約半年前から入居している。単身世帯。緊急連絡先は母親だ。
Nはホストの「先輩」から誘われて、◯◯県からA県B市へ転居してきている。
私自身は、Nに会ったことがない。声を聞いたのも1度だけである。若い延滞客にありがちだが、電話にぜんぜん出ない。連絡はSMS(ショートメッセージサービス)のみ。
Nは入居から2カ月目にはホストを辞めて、うつ病になったらしい。本人の申告でしかないが。
家賃滞納が重なり、部屋の明渡交渉もなかなか進展せず、そろそろ明渡訴訟か……と考えた1カ月ほど前に、初めて母親と話をした。Nと連絡が取れなくなったから。
それから、家族間で話し合い、部屋を明け渡すことになった。
昨日、遠い◯◯県から両親がやってきた。空港からそのまま来社し、滞納した4カ月分の家賃を支払っている。
延滞を解消させた上で、部屋から退去してもらう。家賃保証会社の管理(回収)担当者としては、完璧な「解決」である。原状回復費の請求も、母親宛の連絡を希望している。不動産会社も文句なし。パーフェクトだ。
残置物は母親の足元のゴミ袋4つだけ。それまでに両親が、Nを説教して部屋を片付けさせていたからだ。1週間前からは、母親がNにカネを送って、近所のホテルで寝泊りさせてもいる。
彼女がカギを2本、私に手渡した。お互いに頭を下げる。
審査基準は「変わる」もの
ホストクラブに勤務1カ月目で家賃10万円の部屋。審査ミス? 審査基準の見直し? 当初「なんでこんな審査が通った?」という案件だった。
しかし、管理(回収)担当者としては、過ぎてしまった審査のことを、あまり気にしても仕方ない。なぜなら契約は成立、入居してしまっていたのだから。
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どんな経緯であれ、家賃の滞納が発生している以上は、解決せねばならない。できねば管理(回収)担当者個人の力量不足と断じられる。教条主義的な、とても付き合いきれないロジックだが、そういう仕事。
それに、(会社による、という留保をつけるが)家賃保証会社の管理(回収)担当者は、自社の審査基準を把握しているわけでもない。私も大まかにしか知らない。
常に一律の基準でもない。時期によっても審査基準は変わる。そして、不動産会社によって変えるケースもある。
例えば、ある特定の不動産会社と付き合いを「太く」したい時。審査基準を緩めることがある。
営業社員が「審査を通して」とねじ込む場合もある。あんまり審査で落とすと不動産会社から「お前のトコもう使わねえよ」と言われてしまうから。
ちなみに「不動産会社によって変える」というのは他にもある。入居者には関係ないが、いわゆるキックバックの率。そしてもっと関係ないが、原状回復費の上限額などの保証内容も、不動産会社によって変更することは珍しくない。
話を戻そう。
部屋を出て通路を歩くNの母親が、振り返ってまた、頭を下げた。私も深く頭を下げる。親だというだけで、カネを払って部屋の掃除までしてくれたのだ──アリガトウゴザイマシタ。
彼女の姿がエレベーターに消えるのを待って、部屋に戻る。ホストが住んでいた、がらんどうの部屋。一方では、マンションごと買ってのける人間もいるのに。
嘆く前に見習うべきは
若い延滞客から「ホストクラブで働きはじめました」と申告されることが、たまにある。
それで延滞解消、以後は家賃滞納もなくなりました、というケースは記憶にほぼないが、それはホストに限った話でもない。基本的に延滞客は、延々と滞納のサイクルの中に居続ける。
好意的に考えれば、家賃もマトモに払えない経済状態を改善したくて、ホストクラブで働き始めるのだろう。だとすれば、その姿勢は立派だと思う。
ところで、私はいわゆる就職氷河期世代である。
私自身は、だから損をしたとか、恵まれなかったという意識はほとんどない。理由は単純で、私のスペックやステータスでは、いつの時代に生まれても変わらず苦労したはずだから。
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もちろん、今だって困ってる。不惑を過ぎてからは水を飲んでも太るし、労働せねば暮らせない。世界は常態として、狂ってる。
時折、就職氷河期世代への支援強化を検討し……なんてニュースを見かける。下手なことを言うと怒られそうだが、20~30年も前の就職氷河期がどうたら……一体いつの話をしてるんだよ? もう放っとけよ、と思う自分は、いる。
就職氷河期世代はもれなくすでに中年だ。特に私のような中年男性は、氷河期だろうが白亜紀だろうが、余程のマニアしか助けたい気持ちが芽生えない、デザイン的にも大変、可愛げのない生き物である。
だから、できる限りは、自分で何とかやりくりせねばならない。そもそも庇護されないタイプの生き物なんだから。
◇
職場からの帰り道。夜道をとぼとぼ俯いて歩く。いつか見上げたホストクラブグループの看板を思い出す時がある。
ホストという職業にはいろいろと批判があるのは知っている。あまり聞きたくないタイプのニュースで、ホストという職業を耳にもする。
しかしそれでも、「ホストが入居審査に通らないなら、俺がマンションごと買ってやる」のホストクラブグループ代表の気概。
それは、生まれた時代を嘆いたり、政府だか何だかの施しに期待したりする前に、大いに見習うべき思考と行動力だと、私は思うのだ。