二十九
「ねえ、 ・・・・・・ りか。」
「なあに。」
「柔らかくて、気持ちいい。」
太夫の胸に顔を埋めて、わたしは呟く。
「かをる。」
「え。」
「もっと、なにか言って。」
閨の中で、わたしたちは酔ったように。
饒舌になるのは、どうしてなのだろう。
胸を破りそうに溢れていた、そんな言葉が、
奔流のように口をつく。
早く伝えなければと、なにかに急かされるように。
もうそこまで来ている、足音に耳を塞ぐように、
あたしたちはお互いにしがみつく。
それでもまだ足りないように、
もどかしく、狂おしく。
焼け出された人々が、一滴の水を求めるように。
かをるの中に、舌を這わせる。
あたしの中を、かをるが満たしてゆく。
あたしたちのお互いが満ちるまで、
そして、溶けあうまで。
太夫のいない夜は長い。
鏡台を整えたり、着物を畳んだり。
だけどそんなことは、すぐに終わってしまう。
そして蒲団に包まりながら、わたしは想いに苛まれる。
わたしが教えられたことは、胸の中をさらけだすこと。
太夫へ向かう想いは、甘やかで美しいけれど。
裏表にこびりつくのは、切ない寂しさ。
其れが生業だとわかっていても、なお抉られるような辛さが沸き上がる。
わたしたちはわたしたちのものになることなど、できはしない。
頭ではわかっていることなのに、押さえきれない。
息を詰めて、眠らない闇を見つめる。
自分に巣食う情念が、ぼんやりと透けて映る。
重くなりそうな胸を押さえる。
太夫の買ってくれる、高価なお薬。
きちんと飲んでいるのだもの、大丈夫。
そう言い聞かせて、ゆっくりと呼吸を整えて。
鈍く沸きそうな痛みが、逸れてくれるのを待った。
もうすぐわたしが薬代を稼ぐ。
それでよいと思っていた。
微笑むことも、頷くことも、
なにもかも偽りで、塗り固めながら。
だけど、あの人を知ってしまった。
真、を知ってしまった。
あの人の指をなぞるように、身体をそっと確かめる。
いまごろあなたは、どんな声をあげているのだろう。
壁に映ろう影、気付かれぬようにそっと目をやる。
醸し出す香りも、上げる声音もかわらない。
だけど、あたしだけがわかってる。
あたしの身体が、徐々に拒み始めることに。
振り切るように、客に覆い被さって。
そして悦びの声をあげる、男達。
あたしの心の蓋は、固く閉ざされる。
かをるはひとり、部屋にいる。
ぽつりと灯る明かりの下で、なにを考えているのだろう。
あたしたちの生業で、考えたりしちゃいけない。
自分の首を締めるだけだから。
そう思いながら、あたしもまた想いを巡らせる。
切り取った頭の半分で、客に合わせる。
喘ぎ、仰け反り、舌を這わせる。
嬉しげな笑みを作り、切なげに見つめる。
あの子もやがて、あたしを真似るのかしら。
その刹那、笑みが罅割れる。
あたしは、耐えられるのだろうか。
「ねえ、かをる。」
「ん。」
あたしたちは、時を惜しむように触れあって。
「あたしが、欲しい?」
腕の中で、こくりとうなずくかをる。
「あたしもよ。」
あたしたちは、素直に微笑みあう。
小さな笑窪に、尖らせた舌で触れる。
「くすぐったい。」
「いやなの?」
「ううん。」
「もっと、触れて。」
滑らかな頬を擦りあって、柔らかく舌を絡めあう。
かをるが精一杯に、あたしを抱き締めてくれる。
あたしたちは、潮が満ちるように
ゆっくりと、けれど大きく昂まりあう。
指を絡めて、探りあって確かめる。
どれほどに想いが満ちているか。
どれほどに想いが溢れているか。
細く敏感な、神経の一つ一つを擽りあうようにして。
流れにはぐれてしまわないように、
お互いを、吐息で呼びあいながら。
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