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  二十八











滲みだす、ときめき。
澄みきった、よろこび。
昂まる、しあわせ。






太夫は、わたしに教えてくれる。





指を含まれるだけで、痛い程に感じる。
指の間を口唇がなぞる。
それだけで、押し寄せる。



身体だけでは、駄目。
言葉だけでも、駄目。


求めあうこころが、官能の渦を巻く。
そして交わりが、ひとつの意味をもつ。
二人溶けあって、ひとつのかたちになる。


真、というかたちに。













「どうして、恥ずかしいの?」



丑三つの行灯の下、
心から不思議そうに太夫は尋ねる。
どうして。
わからなかったことが、すこしずつ見えてくる。
贅を凝らして着飾って、塗り込めてつくる美しさ。
だけどそんなもの、生の太夫に及びもつかない。
この人が一番美しいのは、
わたしを求めるとき。
わたしが求めるとき。
だから、求めあう。




細い足首をそっと掌にのせる。
小さな指を一つずつ含むと、甘い声が聞こえる。
あたしと肌を合わせる度に、この子は研ぎ澄まされ、
そしてより一層、艶やかに華開いていくよう。

「どうして、・・・笑ってるの?」
喘ぎに混ぜるように,
わたしは問いかける。



「嬉しいからよ。」
「どうして。」
「かをるが、悦んでるから。」
「ん。」



誘うように柔らかく、膝を折る。
肌に,仄かに、血の色がさす。
うっとりと蕩けるように、太夫はわたしを眺め尽くす。
その視線は、わたしの神経をじわじわと焼き尽くす。



「りか。」
「ん。」
微笑を残したままの口唇を寄せる。
露わになるあなたを、隠したりしないで。






わたしたちの肌が重なりあう、
柔らかな胸、くびれる腰。
夢中で浮かぶわたしの汗が、太夫の肌に溶ける。
わたしたちは、同じ匂いに染まる。
そしてお互いの身体に、お互いを幾重にも刻み込むように、
悦びを注ぎこむ。




















あたしたちは同じ匂いを纏いはじめる。
大見世で寄り添うように座る、かをる。
あどけないような顔立ちなのに、時折流す眼差しは、
空気を震わせるような強さを漂わせる。
冷やかしにきた田舎者どもが、魂を抜かれたように立ち止まる。



この子は色を息衝かせ、紅は血のような艶かしさを帯びる。
か細く白い首、光を篭めたような瞳はいつまでもかわらない。
その危うい色香の均衡に、あたしは更に魅かれていく。



あたしの仕草を真似ようと、あたしを追いかける。
その無邪気なまでの憧憬に、あたしは格子を忘れそうになる。


「簪を。」
「え。」
「もう少し ・・・・こうね。」

少し首を傾げるかおる、簪に触れるあたし。
触れそうで触れない視線。
薄く開いた口唇。


「よく、似合うわ。」


口元が綻んで、
それは初夏の花々が一斉に開いたかのような、微笑み。


格子の向こう、息を呑む視線が押し寄せる。
彼らが見ているものは、どんな景色なのかしら。





あたしとこの子が紡ぐもの。






あの女が旅立った極楽浄土。、
今、あたしは幸せなのかもしれない。











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