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二十七
ひんやりとした指が、わたしの頬を包みこむ。
薄い爪が引っ掻くように、口唇を滑る。
靄がかかったように、白く浮かぶ頬。
覗く目元に、薄く皺が寄る。
微笑む顔に気恥ずかしくて、わたしは目を逸らしてしまう。
「だめよ、逸らしては。」
そして口唇が重ねられ、柔らかな舌が割って入る。
なにか別の生き物のように動く其れは、優しく誘うようで。
いつしかわたしの舌は絡めとられ、求めるように動き始める。
息が詰まるほどに口腔を貪りあい、わたしは熱が上がってゆく。
「戻らなくて、いいから。」
手を引いてかをるを座らせて、襦袢の扱きをゆっくりと緩める。
とろりと酔ったような翳を理性で打ち消すような、切ない瞳があたしを捕らえる。
合わせを柔らかく滑らせて、細い肩からまろやかな胸へ指を這わせる。
酔って揺らぐ瞳を見つめながら。
理性なんて、どぶに捨てていい。
行灯の光りの下に、わたしの身体は徐々に晒されて。
影に縁取られ、わたしの線が浮き彫りになる。
それは、わたしですら知らなかったほどにくっきりと、
浅ましいまでの曲線を描く。
確かめるように、太夫の指がなぞっていく。
見つめる大きな瞳に、わたしは大写しになりながら。
柔らかく柔らかく、薄い皮膚を一枚ずつ剥がしていくような指を感じながら。
わたしは目が逸らせない。
太夫の手がわたしの手を取って、そっと胸元へ導く。
見よう見真似で、同じようにわたしも指で辿っていく。
指先が吸い込まれそうな滑らかな肌から、
細い、痺れるようななにかが流れ込んでくる。
わたしの身体は流れに同調し、暖かく昂まりだす。
太夫も同じなのかしら。
「脚を、」
「え。」
「正座したままよ。」
言われて初めて気が付いた。
「そんなに固くならないで。」
首筋を舌が舐める、よろけるようにわたしは崩れて、
くすくすと太夫は笑う。
熱い舌に一房ずつ神経が絡み取られる。
倒れそうなわたしは、太夫の首に縋るまま。
裾がふわりと肌蹴られ、強張る膝を掌が押さえる。
「もっと、息を抜いて。」
強張りすら、もう自分ではどうしようもないわたし。
そんな身体を解すように,掌が優しく脚をあがる。
そうと知らぬ内に、わたしは太夫の胸に顔を埋め、
甘い香りに我を忘れていた。
しなやかで女らしい曲線に、頬をこすりつけながら、
蠢く手の感触に息もつけずに。
緩やかに膝が開いてゆく。
熱い吐息が胸にかかる。
小さな震えが怯えばかりではないことを、指先で確かめる。
「もっとね、楽しんでいいのよ。」
「・・え。」
言葉の意味も掴めずに、朦朧としたままに太夫の口元を見る。
「仕事なんか、教えてないわ。」
ふっくらとした唇は滴り落ちるよう。
其れよりももっと紅い舌が、わたしを啄ばんで。
わたしのこころは、其の度に腫れあがってゆく。
「ねえ、かをるは欲しくないの・・・・あたしが?」
わたしが知りたかったこと。
紛い物の夢を紡ぐ人あしらいなどではなくて、
この人の現の姿。
欲しいのは、太夫。
「ほ、しい ・・・・・。」
そっと手を重ね、誘われる。
指を絡めて、身体を滑らせ。
導かれるように、深く潜る。
締めつけるその熱が、身体を駆け巡る。
粘りつく滴りが、こころを酔い潰す。
この間の夜よりも、太夫は遥かに艶かしく。
匂い立つ香りが、わたしに沁みこめばいい。
「 かをる 。」
太夫の声がする。
低く押し殺すようなそれが、徐々に生きたものとなる。
その甘さに、わたしは蕩けそうになる。
わたしの教えてもらっているものは、
夢と現の、どちらなのだろう。
剥き出しのわたしのまま、なにも思い惑うこともなく、
ただ悦びに身を任せる。
そんな幸福に、又わたしたちは昂められる。
「り か。」
少し驚いたような太夫の顔。
そして嬉しそうに、はにかむような初めての顔で。
薄い皮膚に透けるのは、あどけない少女の含羞。
「かをる。」
それはわたしが生きている証しのように響く。
必死になってわたしは太夫を探りつづける。
身体中でこの人に触れようとする。
もっと芯まで、もっと奥まで、
わたしの想いが届くようにと。
りか、もっと声を聞かせて。
りか、もっとわたしの名を呼んで。
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