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二十六
弦の響きまで、あの子らしいこと。
拙げで恐々としているようで、でも実は力強い。
「かをる、ちょっと。」
三味線の音が止む。
ぱたぱたといつもの足音がする。
「お呼びになりましたか、りかさま?」
「それ。」
あたしは箪笥の上の、包みを指す。
昨日の客の土産を開かせる。
たしか江戸勤めの、西国のお旗本だったっけ。
「まあ。」
きらきらした顔で、一つずつ手にとって。
南蛮趣味の綺麗な石の簪やら櫛やらを、
もの珍しそうに眺める。
石が弾いた光りが、あなたの顔に映える。
「好きなの、持っていきなさい。」
「いいえ、そんな、いけません。」
「どうして?」
「きっと、そのお客様。りかさまのために取り寄せたんですわ。」
「だって、あたしが頼んだわけじゃないもの。」
「でも・・」
また生真面目に口唇を引き結ぶ。
そんなふうに考えていたら、身体が幾つあってもたりない世界よ。
そんなふうに考えるから、だから、あたしは又魅かれるのかしら。
だけど、あたしはあなたを喜ばせたいの。
あたしの側で、幸せそうに笑う顔が見たいの。
傲慢とでもなんといわれても構わない。
「じゃあ、ひとつだけ。
ひとつだけ、選びなさい。」
つい、命じるような口調になってしまうあたし。
「はい。」
表情が和らいで、ほっとする。
「これ。」
手に取ったのは、薄い色硝子。
「それで、いいの?}
いかにも値が張りそうな細工物には、目もやらない。
「これ・・・びいどろ、っていうものですよね。」
「そういえば、そんなふうに言ってたかしら。」
「ええ、昔、お兄様のご本で見たことがあって。」
ちょっとはにかむようにして。
「音が出るんです。」
そういって小さな口に当てる。
頬を膨らませると、硝子が震えるように張った。
「どんな音か、知りたかったのだけれど・・・」
「まあ、変な音だこと。」
そしてあたしたちは、笑い転げる。
こんな些細なことに、あたしは笑い転げる。
しのつくような雨の音。
そろそろ梅雨は明けてもいい頃合なのに。
まだ夜半は、肌寒い。
鏡台に向かい、蒲団を整えるかをるを目で追う。
こんなに肌が白いのは、紅い襦袢に映るから?
「かをる、具合はどう?」
「はい、このごろはとても。」
「そう、薬が効いたのかしらね。」
「きっと、そうです。」
弾くような、明るい声。
わざとらしく聞こえていないかしら。
あれから薬は、欠かさず飲んでいるけれど。
時折胸が重かったり、苦しかったり。
前ほどの大事にはなっていない、だから、大丈夫。
「そろそろ、無くなるのではなくて?」
「あ・・・」
「また、頼んでおくわ。」
「あの・・」
言いかけようとするわたしに、ひらひらと手を振って。
「だめ、なにも聞かないわ。
あたしがしたいようにするの。」
「はい。」
こういう傲慢さも大好き。
今度は自然と、口元が綻んだ。
「なあに、笑ったりして。」
こちらを向く、太夫。
お化粧なんか落として、襦袢一枚で、
それでもどぎまぎしてしまうような、匂いを放つ。
「いいえ、なにも。」
薄物からほっそりと手がさしだされる。
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