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  二十四










目覚めたのは太夫の腕の中。



雀の囀り、朝の光、
なにもかもがくすぐったいほどに煌いて。
寄り添っていた太夫の顔。
薄く開いた口から、穏やかな寝息が幽かに漏れる。
昨夜の激しさは跡形もなく、
ただ乱れた後れ毛だけが、その名残を窺がわせる。
記憶が切れ切れに甦ってくる。
わたしは隅々までこのひとに溶かされて、
ただ、粘つくような喘ぎをあげつづけて。


恥ずかしさに逃げるように蒲団を出る。
そうっと抜けたつもりなのに、背中に小さく声がかかる。







「・・・かをる。」




恥ずかしくて、振り向けない。
太夫は覚えているのかしら、昨夜のわたしを。


「どうしたの?こちらを向いて。」


かをるがゆっくりと、こちらを振りかえる。
困ったような怯えたような顔をして。
朝の光とは余りに不釣合いなその顔に、あたしは笑みを洩らす。
まだ覚めきらぬまま、かをるに向かい手を伸ばす。
おずおずとかをるの手が伸ばされる。
どうしてそんなに不安そうにするの。
あたしはゆっくりと腕を引いて、華奢な身体をまた胸に抱く。
かをるは小さく息を吐き、胸の動きが伝わってくる。


「おはよう。」
そして昨夜のように、この子を抱き締める。
強張りながらも、かをるの腕があたしに回る。
「おはようございます・・・・太夫。」
「いいえ、りかって言ったでしょ。」
「え・・・。」
「呼んで。二人の時は。」
あたしはくすくす笑いながら、この上もなく楽しくなる。
この子の困る様子すら、可愛くてたまらない。
「・・・あ、お・・はようございます・・りか様。」
律儀に朝の挨拶を繰り返す。
「ううん、ただの、りか、よ。」




そうあなたの前では、あたしはただのりかになるの。
松の位とかきらびやかな着物とか、そんなものは必要無いあたしたち。
だから、困らせてみる。




「でないと、離さないわ。」
耳元で囁くと、頬が染まるのがわかる。
大きく胸が上下して、あなたは口をやっと開く。
「おはようございます・・・・・・りか。」


そして跳るようにあたしの腕から、飛び出していった。















「かをる、仕度はできて?」


障子をひらいたかをるがぽかんと口を開く。
瞳がみるみる大きくなって、口元を手で覆う。


「どうしたの?」
「あ・・・いえ、今日は・・・・」
「大物日よ。」




今日は廓の大物日、賑わう町を更に賑わわせようと、
置屋はそれぞれに趣向を凝らす。
そんな習慣など何処吹く風と、太夫はいつもかわらなかった。


「たまには、いいでしょう。こんな道中も。」


髷は片曲げの伊達結び、金の元結に簪が煌く。
金糸銀糸で華やかに髄取られた、濡れたような朱泥の打ち掛け。
役者絵から抜け出してきたような、きりりと美しい太夫。
男装のはずなのに、瞳が大きく張って潤む。
わたしですらこれほどにどきりとする色香、
道行く人々はどれほどに見惚れることだろう。




風を匂わすように、太夫が立ち上がる。



「おかしいの?」
「いいえ、とても・・・とても・・・・・・・・綺麗です。」


それを聞いて太夫はふんわりと笑った。
「まあ、嬉しいこと。」



あたしときたら、生娘みたい。
この子の言葉に胸が踊る。
男を喜ばせる術ならば、厭というほど知っている。
だけどかをるを喜ばせたいの。
あたしはこんなに幸せで、
だから、この子の日々が少しでも煌くように。
こんな顔が見たくって、物日の慣わしにのってみた。





「あ・・あの。」
「いいから。」





口が開いたままのかをるを鏡台に座らせて、
紅い飾り紐の元結で、髪を結いなおす。
目尻を少し、きりりと上げて、
裏付きの袴に替えさせる。
生真面目そうな初々しい面立ちに、思いも寄らぬほどに男装が映える。



匂い立つような若衆姿のかをるが、鏡に映る。





「さあ、行きましょう。」












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