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  二十二












太夫の肌が色を変える。
誰もを虜にして離さない、松の位。
透き通るような象牙の色に、艶かしく薄紅が溶ける。




煙る睫に縁取られた瞳が、露を含んだように潤む。
滴るような紅い口唇がわたしの耳朶を含み、
頬を掠める。
わたしの口唇を一房ずつ、啄ばむように舐める。
口角が柔らかく弓を描き、微笑むように目元が和らぐ。
こんなふうに見られたことなどなくて、
消え入りそうな恥ずかしさに、また身体が熱くなる。

どうしてよいかわからない、縛り付けられたように瞳を動かせない。






滑らかな頬が、小さな鼻梁が、
たまらなくいとおしくて、あたしは見とれてしまう。
どきりとするほど静かな瞳を、この子はあたしに向ける。
瞳に映るのは、揺らめいるあたしの翳。
あなたにはどう見えているのかしら。
精一杯の思いを込めて、華奢な身体を抱き締める。








しっとりと暖かく、わたしは包み込まれる。
あの初雪の朝のかじかんだ掌が、やっと温まる。
風花の散る音が離れなかった耳が、やっと静まる。
身体の奥に灯った火は、凄まじいほどの勢いで広がってゆく。
それは今まで知ることのなかった、炎の記憶。
わたしにはこの人しかいない。
赤子のようにむしゃぶりつく。


見つめる太夫の顔が、まともに見られない。





滑らかな線を、ゆっくりと辿ってゆく。
あなたのなにもかもを、確かめたいあたし。
初雪のような肌が柔らかく溶け始める。
あなたの纏うのは、樹々の香り、
そして太陽の香り。
それは、雪の下から覗く大地の香り。
渦を巻く火焔よりもなお強く、立ち昇る。
ゆるゆると溶けていく身体の芯を、爪の先でそっと掬いあげる。
胸の下で、かをるが小さく叫ぶ。
抱き締められあたしは、悦びで息が詰まる。


どんな客にもしたことが無いほどに、
繊細に、注意深く、あたしはあたしを進めてゆく。
時には肌を、時には舌を味わいながら。
この子の全ての神経を、解きほぐし酔わせるために。
堪えがたい恥じらいを帯びた口唇は、徐々に綻ぶように開く。
吐息に音が混ざる。
















「た・・ゆう。」


それがあたしを呼ぶものであることに、気づく。



「ここにいるわ、かをる。」
「たゆう・・、太夫・・・」



こんなに側にいるのに。
押し寄せる波の中、翻弄されるようにひたすらに太夫を呼ぶわたしの声。
応える声は甘く低く、そしてまたわたしを熱くする。
この身体が灯篭に映る影ではないことを確かめるよう、
わたしは又、問い掛ける。
もっと近くに。
もっと側へと。



あたしを呼びつづけるかをる。
それはすすり泣くようであったり、小さな叫びのようであったり。
そして徐々に甘さを帯びる。
もっと甘い声を、頂戴。
もっと切ない声を、頂戴。


「たゆう・・・・・ 」

「りか、よ。」

固く瞑っていた瞼が、問い返すように開く。


「あたしは、りか。」


そう、大門をくぐる前のあたし。
あの日の火事で焼いてしまった。
本当の、なまえ。


「りか?」
「そう、・・・・・・ りか。」







あなたの口があたしを紡ぐ。
生きかえることができるのかしら。




もっと、あたしを呼んで。










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