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  二十一













頬を包む手が微かに震えたような、気がした。


太夫は言葉を失ったようで、わたしは我に戻り顔に血が上る。
放ってしまった言葉は取り返せない。
熱い頬のまま、口を閉じることもできやしない。



「わたしは・・なにも、知らないんです」


言い繕おうなんてしなければよかった。
太夫の顔から笑みが薄れていく。


「どうして、知りたいの?」
大きな瞳が、私を覗きこむ。
またわからなくなって、わたしは首を振る。
「綺麗な着物を着て。」
いいえ。
「美味しいものを食べて。」
いいえ。
「花魁になりたいの?」
いいえ。





口唇を噛み締めて、首を振りつづけるかをる。
どうして。
ねえ、どうして。
あたしの中を回り続ける炎は、必死であなたに問い続ける。



「なら、どうして?」
わたしを吸い込んでしまうような、深い太夫の瞳。
ゆらゆらと灯りを映すそれに、わたしはいつしか沈みたゆたう。
するりと滑り出す、こころ。





「側に、いたいんです。」





生のままのわたしのこころ。
「誰よりも 。」

















ひとことの言葉も無いままに、瞳が大きく見開いて。
恥ずかしさの余り背けようとした顔に、寄せられる。
吐息を感じた途端、暖かい口唇がわたしの口に触れた。
初めて口を割って入り込む、人の舌はなんて甘いのだろう。
柔らかく羽が触れるように動くそれは、なんて優しいのだろう。
足が萎え、身体中の力が抜けてゆく。
ぐらぐらするわたしは、太夫の腕の中崩折れる。



もう、言葉なんかいらない。
搾り出すかをるの言葉、それだけであたしは充分で。
あたしの側に来て。
だれよりも、なによりも。










朧な灯りの中で、あたしはかをるの帯を解く。
ひとつひとつ剥れていくのは、強張ったあたし。
仰臥して、縋るような顔をあたしに向けて。
いいえ、縋るような顔はあたしなのだろう。
そしてそっと目を閉じて、二つの口唇を触れあわせる。


襦袢を通して、胸の震えが伝わる。
あたしの心の臓も破れてしまいそうで、
だけどそれは、愛おしいから。
幾つもの閨を過ごしてきた。
だけどこんな夜は初めて。
あたしにとってあなただけが影ではない、かをる。


細い頤から華奢な首筋にあたしは指を滑らせる。
この子のかたちは何もかもが愛おしい。
爪が微かに胸に触れる。
膨らみが固く震える。


「そんなに気を、張らないで。」
含羞に染まる睫が伏せられる。
滑らかな脹脛、小さな膝小僧、
薄絹の下の強張ったしなやかな脚。
子供のようにあたしの襦袢が掴まれる。
怯えたような顔つきで、薄く口が開く。





あなたを傷つけたりしない。
なによりも大事よ、かをる。







身体が解されてゆく。
象牙のようにひんやりと白い指が、身体を滑っていく。
初めて触れられる肌は、ぴりぴりと粟立ち、
それは眩暈するほどの、心地よさにかわる。
太夫の香りがわたしの上を覆ってゆく。
尖ってゆく神経は、全て太夫の指に絡まるように。
そして身体の芯が、波打ちはじめる。









襦袢の裾を割る。


かをるが幽かに慄えた。










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