ジム

































ちっと前のネタになるのですが
バイオハザードシリーズのプロデューサーの竹内氏のインタビューが話題になってます。


こちらのシリーズ解説記事の中に

日本のゲーム業界に抱く危機感、
竹内さんは、市場の世界的な拡大とともに開発競争が過熱し、相対的に日本のゲームの開発力が低下していると指摘します。
私が入社してゲームを作り始めた頃は、日本が、世界のゲームの発信源でした。
その頃から、海外のクリエーターたちは日本のゲームに追いつけ追い越せと努力してきた。
彼らの日々の努力の積み重ねが、海外でのゲーム市場の拡大につながっていったのだと思います。
一方で日本のマーケットでは、モバイルゲームの台頭に伴って、
国内をターゲットにゲームを作るメーカーが増えたと感じます。
大きな成功をおさめている会社も多いので、需要にはしっかり応えていると思いますが、
一方で海外のゲームメーカーたちと肩を並べて戦おうという人たちが減ってきたという実感があります。ゲームエンジンを自社で開発しているメーカーも、日本ではもう少なくなってきました。

日本のゲームメーカーがスマートフォン向けのモバイルゲームに注力しすぎると、これまでに高めてきた技術力を失うことになるのではないかという危機感があるといいます。

と、話されています。

なるほど・・・・そいえば以前小島監督も同じようなこと仰ってましたね。


小島秀夫@Kojima_Hideo
ゲームはテクノロジー依存型メディアで、進化する事はあっても退化する事はない。
だから一度、技術の梯子から脚を離してしまうと、二度と梯子を上がることが出来なくなる。
少しでも目を離していると、時代は数段上に上がっているからである。
水平方向の広がりだけに目を奪われていると危うい事になる


お二人とも世界で大人気のゲームを作っているからこそ見えてくる視点と言う事でしょうか?





でも今回のネタはそこではなく

海外のクリエーターたちは日本のゲームに追いつけ追い越せと努力してきた。
の部分なんですよw

あの頃(1983~1993)の洋ゲーって本当に個性的っていうか・・・・
遊びにくい物、理不尽なものが多かった。
2Dアクションは日本のお家芸!と言っても過言ではなかった。

それこそファミコン時代の時では海外のゲームが入ってくることはあまりなかった。
国内の任天堂やナムコ、カプコン、コナミのアクションゲームが圧倒的人気で
海外のゲームが売れる余地がなかったと言っても過言ではない。

スーパーファミコンのスーパードンキーコングで有名なレア社の
バトルトードや伝説の騎士エルロンドといったゲームがリリースされても
当時は全くと言っていいほど話題にならなかった。
話題にはなったけど悪い意味で話題になったのもあったな、ドラゴンズレアとかw

スーパーファミコンの時代に入るとプリンスオブペルシャといった
話題になる物があったけどサムネのアースワームジムとか
知っている人何人いるんだ?w

逆に日本のゲームは海外でも大人気でマリオはもちろん、悪魔城ドラキュラ、
ロックマンその他にもいろいろ、
セガのソニックで言えば当事はメガドラを世界一ハードにするほどの絶大な人気を獲得していたという。


そんな時代でした。

たしかにこの頃はゲームと言えば日本!と言っても過言ではなかったでしょうね。

それから時が経ち、ゲームマシンの性能は上がり、今では3Dがあたりまえ、
オープンワールドの世界観でゲームが動くようになり
ゲームも本当に多種多様になりました。

そして世界では3Dオープンワールドゲームが主流になり
ゲームアイデアもさることながら開発力、資金力といった様々な要素が
必要になる時代が来て早ウン十年

ゲームも

できなかった



















できないことができる時代になりさらに進化しつづけることでしょう。