「すいません、警察です」
有明海のノリ養殖シーズンまっただ中の今年1月28日。いつものように海に出ようとしていたノリ漁師の自宅に、早朝、佐賀県警の警察官が訪ねてきた。
漁師はとっさに、昨年10月から雇い始めたインドネシア人の男性(41)が、いつものように自転車で通勤してくる途中に交通事故にでも遭ったのかと思った。だが、警察官から事情を聴き、言葉を失った。男性の在留カードが偽造だった疑いがある、という。この日、男性は逮捕された。
「ブローカーにだまされていた疑いもあり、一定程度くむべき事情もある」
佐賀地裁は5月、不法就労をしたとして男性に罰金30万円の有罪判決を言い渡した。
事実関係に争いはなく、昨年10月16日~今年1月27日に出入国在留管理庁(入管)の資格外活動の許可を受けずにノリ養殖業の手伝いで報酬を受けたことが認定された。男性は入管職員と共に法廷を後にし、間もなく帰国した。
拘置所で語ったこと
なぜ彼は犯行に手を染めたのか。「ブローカー」とは何者か。記者は詳しい事情を知りたいと、公判中に拘置所で男性と4回にわたって面会した。
裁判の検察側冒頭陳述などによると、男性は昨年10月3日に来日。目的は日本で就労して金を稼ぐことだった。男性が入国手続きの代行を依頼したのがインドネシア人の「ブローカー」だった。
その人物の紹介で、入国後、別のブローカーと接触した。
4日後に、ブローカーの指示どおりに東京入管で難民認定申請をし、就労不可の「特定活動」(2カ月)の在留資格を、11月20日には、福岡入管で就労不可の「特定活動」(3カ月)の在留資格を得た。
男性への取材や公判での証言によると、男性は、2008~11年に技能実習生として静岡県の自動車部品メーカーで働いたことがあった。故郷はジャワ島中部で、両親の近くで妻子と暮らしていた。両親はコメ作りや野菜の行商で生計を立てていたが、母親は23年ごろに病を患う。男性は羊飼いとして働いたが、生活は苦しかった。
かつて働いた日本でもう一度、と当時のつてを頼ったが年齢を理由に断られ、日本の実習先で知り合ったインドネシア人の友人に相談すると、インドネシア人のブローカーの女を紹介されたという。
女は「日本で働ける」と男性に語った。そして、頭金35万円、来日後に27万円の報酬を要求してきたという。報酬の総額62万円は、インドネシアの平均年収を超える額だ。
男性は父親の田んぼを担保に親戚から40万円を借り、まずインドネシアで15万円を指定口座に送金。来日すると、成田空港で待っていた女の仲間のインドネシア人に20万円を渡した。
ブローカー側が見つけたノリ漁師のネット上の求人から面接を受け、採用された。逮捕された1月までに働いた3カ月間で48万円を家族に仕送りできた一方、ブローカー側への支払総額は計41万円にのぼり、借金もまだ28万円ほど残っているという。
拘置所で接見した男性は「ブローカーもつかまえてほしい」と悔しそうに語った。男性によると、福岡入管で「働いてはいけない」と言われ、心配になった。ブローカーに問い合わせたが「大丈夫」と言われたという。
なぜ疑念を振り切って働き続けたのか。記者が問うと、男性は「お金がない。仕事しないと。まだ借金も残っている」と答えた。男性は日本語で簡単な日常会話はできるが、漢字の読み書きはほとんどできず、難民申請などのための書類はブローカーの仲間が書いた、と説明した。
公判の最終弁論で、弁護人は「ブローカーに働けると説明され、信じて来日した。入管の説明で働けないと知ったが、帰国費用がなく、借金の返済や家族を養う金を稼ぐため働いた」と訴えた。
厚生労働省の調査によると、2024年10月末現在、特別永住者や公用以外で雇用されている外国人労働者は計約230万人。12年連続で増え、外国人の雇用主に届け出が義務化された後の08年以降で最多となった。警察庁によると、資格外活動で摘発される例は24年は257件あった。
判決を3日後に控えた5月9日、男性は拘置所での面会取材でこう語っていた。「自分と同じようにブローカーに手配されて日本に来たインドネシア人はほかにもいた」。昨年10月に東京入管で男性と一緒に難民申請手続きをしたのは2人おり、そのうちの1人は後日、連絡すると「雪がたくさんある場所にあるホテルでの仕事をブローカーから紹介された」と話していたという。
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- 【視点】
外国人労働者の力を借りなければサービスや商品が提供できないという状況はさまざまな領域で続くと思いますし、数が増えるほど、こうしたブローカーの暗躍や不法就労のリスクが高まるということになるでしょう。自分の身近なところでもたくさん外国人が働いており、他人事には思えない記事でした。 わざわざ拘置所にまで行って話を聞いてくるという丁寧な取材にも感心しました。たった一人の不法労働者、かもしれないけれど、徹底してディテールを追いかけていくことで、労働者の現状、制度の問題が浮かび上がってくる。「外国人労働者」と一括りにされてしまう問題だからこそ、ディテールや背景を丁寧に記事にしていくことが今後も求められていくと感じます。おつかれさまでした。
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