弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者性の判断基準-業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令と「事業組織への組入れ」

1.「事業組織への組入れ」は指揮命令の代替要素になるか?

 働き方が多様化するとともに、労働者とフリーランス(個人事業主)の境目が曖昧で連続的になっています。こうした世相を反映してか、労働者性を争点とする事件が目立つようになっています。

 労働者性に関するホットトピックの一つに、

「事業組織への組入れ」が指揮命令の代替要素になるか?

という問題があります。

 労働者性の有無を判断するにあたり、「諾否の事由」と並ぶ重要な考慮要素に「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無」という要素があります。一般的に言うと、指揮命令のレベルが強く・細かくなればなるほど労働者性は認められやすくなります。

 しかし、労働契約の中には、労働者が具体的な指揮命令を受けることを想定していないものもあります。医師や弁護士、大学教員などの高度専門職がその典型です。こうした高度専門職は、自身の専門的な知識・技術・技能に基づいて職務を遂行することが想定されており、上長から事細かに指揮命令を受ける関係にはありません。

 そのため、「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令」の有無や程度は、専門的・裁量的業務に従事している方が労働者か否かを判断するにあたっての基準として有効に機能しません。

 そこで登場するのが「事業組織への組入れ」という基準です。専門的・裁量的業務に従事している人が労働者に該当するのかを「事業組織に組み入れられているか否か」で判断しようとする見解です。

 この説が提唱される背景には、労働者性の判断基準として、行政実務、裁判実務に大きな影響力を有している

昭和60年12月19日 厚生労働省の労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』

という文書があります。

 この文書には、次のような記述があります。

「業務の内容及び遂行方法について『使用者』の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。なお、管弦楽団員、バンドマンの場合のように、業務の性質上放送局等『使用者』の具体的な指揮命令になじまない業務については、それらの者が放送事業等当該事業の遂行上不可欠なものとして事業組織に組み入れられている点をもって、『使用者』の一般的な指揮監督を受けていると判断する裁判例があり、参考にすべきであろう。

https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf

 事業組織に組入れられているのか否かを代替的判断基準とする見解は、この記述を根拠として、専門的・裁量的業務従事者の労働者性を判断することを提唱しています。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、この有力説を否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令7.1.30労働経済判例速報2580-3 国立大学法人大阪大学事件です。

2.国立大学法人大阪大学事件

 本件で被告になったのは、国立大学法人です。

 原告になったのは、被告と有期契約を交わして非常勤講師として勤務していた方複数名です。無期転換権行使の意思を通知するなどした後、労働契約上の地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では結論として労働者性が否定されているのですが、一般的な指揮監督の有無について、裁判所は次のような判断基準を示しました。

(裁判所の判断)

「雇用契約を締結している専任教員か非常勤講師を問わず、大学教員が担当する授業の実施という業務は、高等教育機関である大学において、専門的な学問分野における専門的知識を学生らに教授するものであり、その講義の内容や実施方法については教授の自由(憲法23条)が保障されており、授業担当者の裁量が広範であるという性質を有することから、その業務の性質上、授業の内容、遂行方法について、基本的に大学側から具体的な指示を受けることにはなじまないものといえる。そして、このような具体的な指揮命令になじまない業務について、被告の一般的な指揮監督を認めることができるか否かを判断するに当たっては、その業務が本件各委嘱契約の内容に従って行われているにすぎないと評価し得るか、それとも、その業務にあらかじめ本件各委嘱契約において定めることが困難なものが含まれ、具体的場面において被告の指揮監督を想定する必要があるかという点も考慮すべきである。」

「以上の点を踏まえて本件についてみると、原告らの担当時間数は、原告Aが週に1日・2コマ、原告Bが週に1日・1コマ、原告C及び原告Dが週に2日・合計5~6コマにとどまっていること・・・、非常勤講師はシラバスの内容や授業計画(授業の時間割)の検討、コアカリキュラムの策定等への関与をしないこと・・・、成績管理の責任者は専任教員が担っており、非常勤講師は成績評価の最終決定者ではなかったこと・・・等の事情は、非常勤講師である原告らは、授業の担当について広範な裁量を有することを考慮しても、あらかじめ本件委嘱契約で定められたところに従って業務を遂行するにとどまり、業務の遂行に当たり、被告から一般的のみならず、具体的な指揮監督を受けることが想定されていないことがうかがわれるのであり、業務遂行上の指揮監督を否定する方向に働くものといえる。」

(中略)

・原告らの主張の検討

事業組織への組入れは、団体交渉の保護を及ぼすべき労働者はいかなる者かという観点から考案された要素と理解するのが相当であり、労契法又は労基法における労働者性を検討するに当たり、使用者による具体的な指揮命令になじまない業務について、使用者の一般的な指揮監督を肯定することができるか否かを判断する際には、事業組織への組入れという要素ではなく、具体的事実関係の下において、その業務が本件各委嘱契約の内容に従って行われているにすぎないと評価し得るか、それとも、その業務にあらかじめ本件各委嘱契約において定めることが困難なものが含まれ、具体的場面における使用者の指揮監督を想定する必要があるかといった視点から検討をするのが相当である。

「これを本件についてみると、上記・・・で説示したとおり、委嘱された科目の授業の実施という原告らの業務は、具体的場面において使用者による指揮監督がなされることはそもそも想定されておらず、本件各委嘱契約の内容に従って行われているにすぎないというべきである。」

「したがって、原告らの上記主張は採用することができない。」

3.有力な見解の否定?

 専門的・裁量的業務に従事している方の労働者性を判断するための基準として、裁判実務上「事業組織への組入れ」が機能するのかどうか気になっていたのですが、大阪地裁はこれを否定しました。

 他の裁判体がどのように判断するのか、引き続き、裁判例の動向を注視していく必要があります。