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  十四










「かをる、ちょっと。」


薄暗い上がりかまちで、遣手のおばさんが手で招く。
太夫の吐息がまだ耳に残っているようで、ふわふわした足取りで付いてゆく。
お内儀さんがくゆらす煙管の匂いが鼻につく部屋に、わたしはつれて行かれた。




「そろそろ、お披露目考えるよ。」


耳の底で、小さく弾ける音がした。
それは薄雲の桜、舞う雪の一欠片。







引け四つの拍子が遠く消えてゆく。


暗い廊下で、ぼんやりと階段を見上げた。
もうお客もひけた時刻、灯りも消えた通りから風の音だけがやけに響く。
耳の奥で渦を巻くように、大きくなるのは吹雪の音。
あの日の桜が、無残に散ってゆく。
ささくれたような音は、うねり、波打ち、
ひとり其の中に取り残される。



今夜は太夫は帰らない。
























柔らかな極上の笑みで装い、あたしは着物を落としてゆく。
揺れる灯りに一番美しく映るように。
身体の線が露わになるほどに、薄い襦袢でしなだれかかり、
口唇を舐めて、今日の客に顔を寄せる。
切なそうに愛おしそうに、座敷ではしない顔をする。
それが実であるわけないと、分かっていても皆騙される。



映る影の輪郭は、仰け反りのたうつように。
それは逃げ惑い焼かれる人々の、姿にも似て。
あまりの熱にいつしか汗が浮き上がる。
それは麝香のように、客を惑わせ酔い潰す。














満ち足りた風情の、緩やかな寝息を聞きながら、
焼け爛れたあたしは、闇に目を凝らす。






襖で囁く声がした。
こんな時刻に一体どうしたことだろう。
泊まりの部屋まで来るような用事に、訝しい思いでそっと布団を抜ける。
「なあに、一体。」
部屋抱えのかむろの千佳が、怯えたように立っていた。


「すみません、でも・・・あの。」
「いいから、なんなの。」


襖の向うを気にしながら、言葉を促す。
大した用でないのなら、さっさと終わらせなければ。
「あの・・・太夫のお耳に入れておいた方がいいだろうって、おばさんたちが。」
たどたどしく喋る言葉に、声を落として問い返す。
「だから、なあに。」


「あの・・・・・かをるちゃんが。
 かをるちゃんが、浄念河岸で。」



「なんですって。」


「見廻りに捕まって・・・・」


眉根の皺に、怯えて言葉が詰まる。
こんな時間にふらついていたら、抜けようとしていると思われても仕方ない。
あたしたちが大手を振って大門を出られるのは、十年の年季が明けた年。
その時以外に切手も無しに出たならば、廓抜けと見なされる。
それでも堤を乗り越えて、どぶみたいな掘に飛び込んで、
逃れようとする者は後を断たない。
廓を抜けようとした女たちには、厳しい折檻が待っている。
二度とそんな夢がみられないように。
そんなことは最初の夜、厭というほど言い聞かされていたはずなのに。



「だから、今夜は仕置きの小屋に連れてくって。」


千佳の声が消え入りそうになってゆく。
返事も待たず、頭を下げて走っていった。













縺れるように部屋に飛び込んで、躓くように布団に倒れ込む。
物音に客が眠そうな目をこすり、こちらを眺める。
「ごめんね、旦那。今夜はどうしても具合が悪いの。」
言訳にもならない言訳を、呂律の回らぬ舌で口走る。


「だから、埋め合わせはきっとするから。」


顔の前で手を合わせ、頭を下げる。
蒼白の顔で拝む松の位なんて、滅多にお目にかかれるもんじゃない。
呆然とする客を放り出し、打掛を引っかける。



あたしは閨を飛び出した。












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