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  十三














枕に顔を埋め、耳を塞ぐ。
固く固く目をつぶる。
眠りの中に、逃げてしまいたくて。






靄うような灯りに、仄かに白いあの人の夢をみる。



初めての雪よりも、もっと真っ白な肌をした。
脆い夢の中、わたしたちはいつまでも桜の中に佇んで
決して触れない距離で寄り添って。


太夫の口唇が動く。
だけど、わたしは聞こえない。
わたしが答える。
だけど、太夫は聞こえない。
静謐な夢に、ただわたしたちは佇んだまま。






この夢は、もうすぐ醒める。












矢の字の帯が前をゆく。
かをるの広袖で、大角豆が揺れる。


「ちょっとね、休んでいきたいの。」


道中の皆に声をかける。
辻の茶屋で、腰を下す。
素見の客達が、感嘆の溜め息を洩らす。
傍らにかをるが腰をかける。
そこが彼女の居場所だとでもいうかのように、極く自然に。



「じきに桜も、終わるわね。」


独り言のように、太夫が呟く。
江戸町は一面の灯りで彩られ、星も空も見えやしない。
作り物めいた光を浴びたその姿は、どんな絵師にも写せはしない。
ざわめいていた通りは、飲まれたように静まってゆく。
ひしめくほどの惣まがき、格子を通してほかの店の姐さんたちも、
皆の視線が吸寄せられる。
満ちてくる苦しいほどの熱気など、全く意にもかけぬように。
抜き衣紋から、細い首筋を緩やかに回す。
三枚重ねの打掛に、錦の帯が長く下がる。


「新しい緑も、わたしは好きです。」


そうね、溢れるような鮮やかな緑。
息衝くのは素の生命。
でもこの町ではお目にかかれない。


「そろそろ、行くわ。」
後差しの簪を指で遊びながら、あたしは立ち上がった。












あたしはかをるに、次々と着物を誂える。
揃いの着物に袖を通し、揃いの紅をさし、
同じ道を歩むことを、自分に言い聞かせる。


高価な薬が効いてきたようで、夜半に起こされることはめっきり無くなった。








枕を噛んで咳を抑える。
たてる音で太夫を起こさないように。
それでもかなり楽になっている。


およそ十年、そうしたら年季が明ける。
新造になって、座敷に上がって、
そしてわたしを売りつづける。
その先に待っているものは、なんなのだろう。
あの人はきっといない。


太夫の馴染みの夜には、思いは堂々巡りに迷い込む。
あの人と揃いの着物を抱き締める。












「ここで、いいわ。」



金襴の襖の前で太夫は微笑む。
わたしを閨へは、決して立ち入らせず。
鮮やかな紅の色、艶やかな伽羅の香だけを残し、
わたしを固く拒むように。



「おやすみなさいませ。」



膝を揃えてあの人を送り出す。
それは仕事なのだと分かっていても、
太夫の吐息が聞こえてくるようで、仄かな汗の香りが漂ってくるようで。
あがる動悸の苦しさの中、疼くような甘さが混ざる。



切ないほどの寂しさの中、なにもかもがわたしを魅きよせる。










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