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十一
陽射しがゆるゆると強くなってゆく。
かをるは緩慢に、それでも疲れやすくなるようだ。
決して言葉にはしないあの子とあたし。
ただ、抱き締める夜があるというただそれだけ。
汗を滲ませて苦し気なかをるを、腕で揺らし続ける。
子供のようにしがみついて、胸に顔を埋め息を整える。
目覚める前にあたしは薄い布団を抜けて出る。
二人、手を取りあい同じ夢を歩いていたかのように、
目覚めればなに事もなかったように
「たいしたことじゃ、なけりゃいいけどね。」
難しい顔をして、通いの医者が耳打ちする。
「効きそうな薬、持ってきて頂戴。」
そして酒代を捻りこむ。
色里に落とされる底無しの金子。
あたしたちの懐に入るのは、ほんの一かけら。
それでもあたしは閨をともにする。
灯篭は回り続ける。
どんな高い薬だって買える。
今のあたしならば。
座敷では気丈に畏まって座り続ける。
かをるの前であたしは男にしなを作り。
かをるの前であたしは男に媚を売る。
それでもかわらない瞳で、あたしを見つめ続ける。
回り続ける灯篭の向うで、あの子はあたしを見つめ続ける。
垢抜けて美しくなるかむろに、客も間もなく気がつき始める。
酔客たちの軽口には、口元を抑え微笑んでいなすことを教える。
それでも酔っ払いどもは始末に終えないことがある。
金で買えないものなど知るはずも無い、そんな客しかここには来られない。
そんな客の相手しか、あたしはやりたくなかった。
それが苛立ちに変わるなどと、思ってもみなかった。
今日の座敷も、法外な分限者。
贅を凝らした料理や珍しい酒、座を盛り上げる芸者や幇間たち。
連れられて来た旦那衆は、もうすっかり夢見心地。
破目を外す奴が出たって不思議じゃない。
そろそろ亥時、宴もお開き。
そしてあたしは閨に向かう頃合を図る。
赤い顔の男が、座敷の隅でちょっかいを出していた。
酔っ払いは思いもかけないほど、しつこく絡み続ける。
かをるの笑みが崩れ始める。
額に薄く汗が浮かび、加減が悪くなり始める。
抱きつくように身を寄せようとする光景に、野暮は承知で思わず言葉をかける。
「旦那、いい加減にしてやって。
その子はまだ、かむろなんだからさ。」
「るっせえな、ちょっと早く買ってやろうっていうんじゃねえか。」
呂律の回らない口で、酔った勢いの言葉が返ってくる。
頭に血が上る。
気が付いた時には、盃を投げていた。
座敷中が静まりかえる。
脇息をひっくり返し、あたしは立ち上がる。
「寝言は寝て言ってな。」
眉間を抑える男を睨めつけて、かをるの腕を掴む。
座敷なんてどうなろうと知ったこっちゃない。
唖然とする客どもを背に、あたしたちは座敷を後にした。
「太夫・・太夫・・・・・・あの。」
後ろから小走りに、かをるが声をかける。
「いいのよ、気にしないで。」
まだ気分が切れていない、言葉が荒くなる。
「でも、わたし。大丈夫です、あれくらい。」
そんなに白い顔でいう言葉じゃないわ。
あたしは足を止め、精一杯穏やかに声を出す。
「太夫はね、客を選べるの。」
そう、あたしたちは客を選ぶことが許される。
それだけの泥を食ってきた。
それ以上の泥を吐いてきた。
好きで食う奴なんていやしない。
それに気がつくのは、もう食い尽くしてしまった頃なのだけれども。
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