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  八












紅の垂れ布のかかる、五つ重ねの錦の寝具。
たき込めた伽羅の香が重く沈む。
見事な漆の衝立の向こう、今夜の客が待っている。



「もういいわ、戻って。」
背中でかをるが襖を閉じる。
深く息を吸って、あたしは閨へ踏み出した。










襖が閉ざされる。
太夫の香りが、ふっと消えた。
微かに衣擦れの音。
そして、太夫は打掛を落とし、
そして、太夫は簪を抜く。
高貴なお姫様の風情、それとも儚げな少女の風情。
色里の誰もが女の顔を剥き出しにする。
それは美しいけれど哀れで恐ろしい。
だけど、太夫だけは色を纏い続ける。
まるで、どこか違う世界に棲んでいるかのように。


臥所に向かう頬が熱くなる。
わたしは閨の太夫の夢を見る。












肌を滑るざらつく掌。
首筋にかかる,熱い息。
耳を掠める甘い睦言。


あたしの中ではいつも灯篭が回る。
浅黄、鴇色、石竹、蘇芳。
回る色に合わせあたしは次々と顔を変えてゆく。
灯篭の中、闇がかたちをとってゆく。
映し出された幻影ならば、あたしは身体を委ねられる。



肌が柔らかくなるのが分かる。
吸いつくようにあたしは、男に乗って。
揺れるように震えるように、触れ合って絡みつく。
伽羅に混ざる汗の匂いは、艶かしい夢となる。




灯篭の渦は徐々に早さを増してゆく。
渦はあたしを飲みこんで、
そして最後には、いつも誹の色に、
それは火の色と変わり。













襦袢に厭な汗が染みる。
下がらないままの熱を抱いて、わたしは身体を抱き締める。
胸が痛い。






「そろそろあの子の仕込み、始めておくれ。」



吉原の平生に、あたしたちは飲まれてゆく。
浮世の歯車は回り出す。
あたしと踊り、あたしと謡う。
拙い手つきで扇子を返し、少し遅れて背を反らす。
書見台に並んで座る、ともに筆を走らせる。
それは、たった一つのものを売るためだけになのだけれども。




かおるの後をあたしは練り歩き、あたしの後ろでかをるは襖を閉じる。
そしてあたしは誹の闇の底、かをるの瞳を見る。











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