七
そして、たちまち裏を返す日がやってくる。
ニ会目の太夫は、顔を変える。
ほんの少し傾げた首が、頼りなげな風情を醸し出し。
ほんの僅かに重ねた朱の色で、少女のような眼差しを作り出す。
受けた杯に軽く寄せる唇。
伏せた睫が長い影を作る。
この人は自在に影すらも操っているのだろうか。
もう、座敷中が虜になってしまったよう、
太夫はすんなりと薄い笑みを浮かべながら、空気を操ってゆく。
かをるの眼差しが、漣を立てる。
何を見ようとしているの。
あたしの纏う衣だけではなく、あたしの放つ香りだけでもなく。
何故あたしは頬に血が上るの。
それは、遥かに遠い昔の少女のような熱を持って。
「太夫」
きっかり巳の刻に、かをるの声であたしは目を覚ます。
彼女の笑みがあたしには心地よい。
頑是無い少女のようで、それでいて透徹した寂しさが潜む。
忘れてしまったあの頃に、確かに持っていたなにかと同じ。
あたしと同じ匂いがするの。
あなたは、思いもつかないでしょう。
差し出された盆を受けとって、
「今日は、三会目ね。」
「はい。」
「かをるは、初めてだったかしら。」
「はい。」
そういって、ぺこりと頭を下げて戻ろうとする。
引きとめかけて、あたしは何を言おうというのだろう。
あなたはここで何を見ているの、
去ってゆく背中に問いかける。
賑やかな座敷で、あたしは沈むような気分に襲われる。
もう数え切れなく重ねた、生業の夜。
金泥に鮮やかな襖絵、黒檀の違い棚。
幇間やら芸者やらが賑わしく座敷を盛り上げる。
馴染みのしるしの誂えの箸。
客からの法外な床花の包み。
吉原の作法が次々とこなされる。
もう見なれた景色のはずなのに、
宴の賑わいすらも、疎ましい。
でも、気取られることはない。
わたしの胸は、朝からどうかしてる。
この街のからくりが、徐々に見えてくる。
そしで浮世は回ってゆく。
わたしもいつかこの渦に飲まれるはず。
そう遠く無い、いつか。
そんなこと、とっくに分かっていた。
峠の道を踏み締めながら、色々なことを捨ててきた。
だけど、わたしは知らなかった。
胸の底に人が棲む、ということを。
今夜は太夫は帰らない。
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