六
今日は珍しく初めてのお客。
太夫くらいになると、なかなか初めての客はとらないらしいけれど。
上方のお大尽だという噂、だけど太夫は変わらない。
涼しげに黙々と、顔に筆を滑らせる。
仲の町の両脇には、他のお店の太夫や格子の姐さんたちまでも姿を現わす。
吉原一の傾城の花魁道中を、だれもが一目見ようと集まってくる。
冬だというのに、人いきれで頬が火照る。
色とりどりの灯りの下を、まるでそこが只一人でもあるように、
気高く優雅に太夫は高下駄を運ぶ。
滑るような不思議な足取りは、八文字というのだそうだけれど、
太夫のそれは外八文字、吉原で他には誰も踏むことが許されない。
たとえ許されたとしても、こんなに優雅にできるわけもないけれど。
箱提灯持ち、金棒引き、新造のお姐さん達、遣手のおばさん達、
わたしは太夫の前を守り刀を持たされて、振袖でしずしずと歩く。
初会の座敷は顔見せのようなものらしい。
まずは引き付け。
さらりと折敷で横座りの太夫。
お客さんなど目に入っていないかのような風情で、
杯を飲む真似をする。
そして、お召しかえの声で座敷を下がる。
座敷が変わり酒宴となっても、太夫の風情はそのままだ。
お酒も食事も手をつけず、凛とした風情でお客をちらとも見はしない。
唄や三味線で騒々しいお座敷の中ですら、
太夫のまわりの気は、冴え冴えとするほどに美しい。
わたしななんとなく、誇らしくなる。
そして、あっけないまでにあっさりと
太夫は引き上げた。
引け四つの拍子木が聞える頃、太夫に挨拶する。
黒髪に指を滑らせる。
「かをる、疲れたみたいだわね。」
いやだわ、わたし、そんなに疲れた顔だったのかしら。
何と答えてよいか分からずに、又下を向いてしまう。
太夫は軽く小首を傾げ、ふわりと目を泳がせる。
さらりと答えてしまうことが出来ない、野暮にため息をつきたいのかも知れない。
「 ・・・・綺麗な着物。」
不意に夢見るように、太夫が呟く。
「え。」
「 着たかったの ?」
揺れるような瞳はどこを見ているのかしら。
「それとも、お腹がすいてたの?」
答えなど聞くつもりも無いような、歌うような調子で。
初会の客など面倒なだけ。
上方からきた成金に、思った以上に気疲れていたらしい。
かをるの指が心地よくて、思いがいつのまにか口をついて出てしまう。
戸惑ったように、髪を梳く手が止まる。
ここに流れてくるならば、多かれ少なかれそんな処、
そして自らを剥き出しにさせてゆく。
そんな処であってほしいと思っているのは、あたし。
「いいえ。」
「じゃあなにが。」
「別に、なにも。」
「欲しいものは、ないの。」
「わかりません。」
「そう。」
それだけで、言葉は途切れた。
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