TOP   


  










 









今日は珍しく初めてのお客。
太夫くらいになると、なかなか初めての客はとらないらしいけれど。
上方のお大尽だという噂、だけど太夫は変わらない。
涼しげに黙々と、顔に筆を滑らせる。



仲の町の両脇には、他のお店の太夫や格子の姐さんたちまでも姿を現わす。
吉原一の傾城の花魁道中を、だれもが一目見ようと集まってくる。
冬だというのに、人いきれで頬が火照る。
色とりどりの灯りの下を、まるでそこが只一人でもあるように、
気高く優雅に太夫は高下駄を運ぶ。
滑るような不思議な足取りは、八文字というのだそうだけれど、
太夫のそれは外八文字、吉原で他には誰も踏むことが許されない。
たとえ許されたとしても、こんなに優雅にできるわけもないけれど。
箱提灯持ち、金棒引き、新造のお姐さん達、遣手のおばさん達、
わたしは太夫の前を守り刀を持たされて、振袖でしずしずと歩く。



初会の座敷は顔見せのようなものらしい。


まずは引き付け。
さらりと折敷で横座りの太夫。
お客さんなど目に入っていないかのような風情で、
杯を飲む真似をする。
そして、お召しかえの声で座敷を下がる。


座敷が変わり酒宴となっても、太夫の風情はそのままだ。
お酒も食事も手をつけず、凛とした風情でお客をちらとも見はしない。
唄や三味線で騒々しいお座敷の中ですら、
太夫のまわりの気は、冴え冴えとするほどに美しい。
わたしななんとなく、誇らしくなる。



そして、あっけないまでにあっさりと
太夫は引き上げた。












引け四つの拍子木が聞える頃、太夫に挨拶する。
黒髪に指を滑らせる。
「かをる、疲れたみたいだわね。」


いやだわ、わたし、そんなに疲れた顔だったのかしら。
何と答えてよいか分からずに、又下を向いてしまう。
太夫は軽く小首を傾げ、ふわりと目を泳がせる。
さらりと答えてしまうことが出来ない、野暮にため息をつきたいのかも知れない。




「 ・・・・綺麗な着物。」
不意に夢見るように、太夫が呟く。
「え。」
「 着たかったの ?」
揺れるような瞳はどこを見ているのかしら。
「それとも、お腹がすいてたの?」
答えなど聞くつもりも無いような、歌うような調子で。






初会の客など面倒なだけ。
上方からきた成金に、思った以上に気疲れていたらしい。
かをるの指が心地よくて、思いがいつのまにか口をついて出てしまう。
戸惑ったように、髪を梳く手が止まる。
ここに流れてくるならば、多かれ少なかれそんな処、
そして自らを剥き出しにさせてゆく。
そんな処であってほしいと思っているのは、あたし。



「いいえ。」
「じゃあなにが。」
「別に、なにも。」
「欲しいものは、ないの。」
「わかりません。」


「そう。」




それだけで、言葉は途切れた。















← Back   Next →







SEO