五
夕闇に仲の町が息づき始める。
とりどりの明かりが灯されて、大道が人々でひしめき始める。
揚屋へのお使いの帰り道、見世を張るお姐さんたち。
競うように贅を凝らしたその中で、道行く人が群れをなす一角が。
一際華やかな金屏風、それよりももっと華やかに紫吹太夫が浮き上がる。
幻燈に映し出された極楽浄土、この世のものとも思えない。
伽羅の香をおぼろに燻らして、物憂げに煙管に手を伸ばす。
もう見なれたはずのあの人なのに、
それでもわたしは道端でぼんやりと足を止める。
足を止める男の人達がどれほどに望んでも、
太夫の揚代は天井知らず。
溜め息をついて、名残惜しげに振りかえりながら他の女を見繕う。
見繕われる女たち、それが生業なのだから。
その惨めさも卑しさも、全てを売って生きている。
太夫の傍で、わたしは最後の夢を見せてもらっているのかもしれない。
鹿恋や新造の交り見世は、まだ少しだけ遠い世界。
立ち止まる男達の視線に、うんざりとし始めた頃、
通りの片隅のかをるが目に入る。
小さく口を開き、酔ったような瞳をして。
舐めるような、値踏みする視線は厭というほど浴びてきた。
どんなに言葉を尽くしても、所詮は廓遊び。
虚と偽りの中でしか成り立ちはしない。
盲いたあたしは、虚の世界ならよく見える。
だけど、この子は盲いない。
あたしに向かうそれは、あたしを剥ぎとって、
それでも尚、ひたむきな憧れで包んでくれる。
そう信じたいだけかもしれないけれど。
太夫がこちらに微笑んだような気がした。
背中がぞくりとするほどに、鮮やかな紅が揺れた。
道端でわたしはやっと、目を覚ます。
裏口に足を速める。
「太夫、おやすみなさいませ。」
両手をそろえてきちりと挨拶に来る。
武家の奥方みたいな、固まった姿勢がこの子らしい。
薄紫の襦袢の太夫が柔らかく首を振る。
髪をといて枕の外の乱れ箱に容れるのが、わたしの最後の仕事。
これは昔の宮中の女御の倣ったしきたりらしい。
つややかな髪に、そっと触れる。
太夫の匂いに包まれる。
「かをる。手、見せてご覧。」
すべすべの長い指に手を取られる。
「あの。」
ここにきてからずいぶんとましになったけれど、
まだ故郷のひびの後が残っている、がさがさの手。
恥ずかしくて思わず引き戻す。
「いいから。」
そういって、鏡台の抽斗から小さな綺麗な薬箱を太夫は取り出した。
包むように掌で薬を塗ってくれる。
掌で溶けた薬は、とてもよい匂いがして、
包まれる手が、とても暖かくて。
微笑んだつもりが泣きそうな顔になっていた。
この子にとっては、まだ故郷はとても近しい。
そんなことを感じさせる、痛々しい手の甲だった。
恥じらうように引っ込めようとする手を、強引に掴む。
早く昔など追いやってしまうこと。
そんな思いがあったのかどうなのか、あたしは薬を塗ってやる。
あたしの下で泣きそうになる顔に、やっと我に返る。
あたしはなんとなく気まずくて、手を引っ込める。
「これでいいわね。早く寝みなさい。」
ぺこりと頭を下げてかをるは出ていった。
そっけなく手を離された。
わたしが泣きそうな顔をしたから、怒らせてしまったのかしら。
手の甲にまだ、あの暖かみが残る。
薬をあの時の小判のように抱き締めて、わたしは布団に入った。
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