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縁起棚に燈明があがる、鈴が鳴る。
見世清掻の三味線が、賑やかに夜見世の幕を開ける。




二階の簾越しに眩いばかりの仲の町。
日が短くなったことだけが、季節の移ろいを窺がわせる。
艶やかな爪をそっと撫でる、
手の甲は滑らかに、もうかさつくことすらない。





紫綸子の絢爛の打掛、どこかの旦那が送ってくれた。
傾城とはよくいったもの、これ一枚で身代を潰した。
でも、もう顔も忘れてしまった。



居並ぶ女たちの羨望の視線を浴びながら、あたしは大格子に見世を張る。
誰よりも大きな芍薬の屏風、金銀の煙管が取り揃えられて。
ゆっくりとしなるように、膝を崩し、
煙管を柔らかくくゆらして。
格子を通して、舐めるような視線。
鼈甲の笄に手をやって、ただそれだけで、ため息が聞こえてくる。


天井知らずの松の位。
天国を見せて地獄に落とす。
それでも客は引きもきらず。


片頬を上げただけの微笑で、往来に目を流す。
ここは吉原、浮世のしがらみを捨てて迷う男達。
お大尽もお百姓も、求めているものはかわらない。
あたしで只、夢を見ればいい。
あたしはもう、見たくない。








馴染みの客に囁かれ、頬を染める女がいて。
吸い付け煙草を差し出して、引きとめられる男がいて。
灯りの煌く仲の町は、過ぎ行く季節など関係なく。
狂った回り灯篭のなか、あたしは時を忘れてゆく。






揚屋からの、差紙が届く。





駒下駄に羅紗の長い裾をかいどって、
吸いつくような絹の足袋、象牙・金銀の櫛笄。
大提灯に先導されて、人波はあたしに道を空ける。
顔を高く上げたまま、見物客には一瞥もくれず。
ただゆっくりと外八文字で、通りを練る。
一度は閨を共にしたいと、誰もが夢に見るような横顔を作りながら。





東雲時の後朝の別れ、暁の睦言まで付き合ってなどいられない。
朝靄に乗せた浅草寺の鐘の音に床を上がる。
それでも引きとめる野暮なんざ、こちらから願い下げ。





「今日はもう店仕舞いかい。」
呆れた様にお内儀さんに言われる。
それでも充分稼ぎにはなってる筈。
そんなことはおくびにも出さず、ただ微笑む。
階段を上りかけ引きとめられる。


「そういや、あんたに仕込んでほしい子がいるんだけど。」
気難しくて気紛れのあたしには、なかなかかむろが居着かない。
「いいの?あたしで。」
気乗りしない風に聞いてみる。
「少し年はいってるんだけど、磨いてみたら驚くような上玉でねえ。」
海千山千のこいつらが言うんだ、よほどの上玉なのだろう。
「気も強そうだから、音は上げないだろう。」
帰る処はないってことね。
後には引けなくならなきゃあ、ここに辿りつきゃしないよね。



「別に・・・ いいわよ。」


「かをる、出ておいで。」



震えがこちらまで伝わるような、悲壮な面差し。、




「今日から、あんたのねえさんだ。」
かをると呼ばれた娘が、無言で顔を上げる。
大きく張った瞳が、どきりとするほどに強い光を放った。




「 よろしく ・・・お願いします。
  紫吹太夫。 」











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