一
八百八町が崩れゆく。
轟く半鐘。
炎の大河。
一人の女の狂恋は、
そして、夜空を焦がしていった。
人波に押され、流される。
瓦礫に沈む江戸の町。
家も両親も真っ黒な残骸に。
だけど、あたしは生き残っちまった。
蝶よ花よと育てられ、綺麗なものしか見てこなかった。
だから、あたしは盲いてしまおう。
そうすれば生きていけるのかしら。
お情けだけでは生きられない。
お江戸の有り余る人情は、
火事にことごと燃え尽きた。
「 それでも、会いたかったんだってさ。 」
女の名前が、嘲るように繰り返される。
なんのためなのか、あたしにはわからない。
爪が黒ずむ。
手がひび割れる。
それでもお腹は、満たされない。
「 極楽浄土には、行けまいね。 」
来世なんてどうでもいい。
生きていくのに必要なのは、
勤勉でもなく誠実でもない。
学問でもなく情愛でもない。
そんな当たり前の事に気がついた。
生きていくには只一つ、
天涯孤独の身が気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
河原で筵を抱えることも、
どっかの風呂屋で媚び売ることも、
やることなんか変わらない。
極楽浄土には行けまいね。
ならば、あたしは行ってしまおう。
まがい物の極楽浄土。
あの大川の向こうまで。
三千世界のどん詰まり、
大門の口がぽかりと開く。
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