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  39.

 

  



椅子の上の体育座りが癖になる。



そうやってゆっくりと頭の中を整理しようとしている。
置いてきたものと過ぎていった人々。
今を取り巻く諸々のものたち。
振り向くべきもの、振りきるべきもの。
全て自分で決めないといけないんだ。
でないと前には進めない気がする、多分。
今まで気づいていなかったこと。
当たり前に過ごしてきたこと。
曲がり角の向こうから見れば、また違った姿が見えてくる。
そして俺は途方にくれそうになりながらも、
無い頭を膝にのせる。




何か大切なことが、掴めそうで掴めない気がする。
そんな焦燥感が夕暮れに湧き上がる。













「メシ、まだ食ってないのか?」



椅子で丸くなり、窓の外を見つめる影。


「あ、あんま腹減ってないから・・・」
「そういう問題じゃ、ねぇだろうが。」
ネクタイを外しながら、不機嫌そうにあいつが呟く。
その声が、言葉が、なぜだか神経に触る。
低く揺れる声は心臓を掴むみたいに響く。
「あんまり食いたくない。」
つい、挑むかのような言葉が出てしまう。
あいつの動きが止まる。
こちらを見ているのを、ちりちりと肌に感じる。
だけど俺は、意固地に窓を見る。
硝子の向こうの世界を、りかの翳に透かして見ている。






椅子の上で固まった姿は、誰も踏み込ませようとはしない。
必要以上に見せる気は無い、とでも言うように。
一人で全てを背負い込むような頑なな想いに、
押しつぶされないように、肩を張って。
その頑なさに苛立ちを覚え、
苛立つ自分を整理できずに、俺はつい足を踏み出す。


「ちゃんと、食え」
腕を掴むと、振り払う。
固まったまま窓を見つめ、何を探している。
「食いたくない。」
小さな唇だけが動く。
「ふざけるな。」
苛立ちが声に出ているのを感じながら、
「ふざけてない。」
声音がうつったかのように、トーンが上がる。
「てめえの身体の為だろうが。」
なぜか絡んでいるような気持ちに襲われる。
「そうだよ、自分の身体だよ。」
丸めた背中が、更に小さくなる。
「そんな事が言える立場か?」
自分の言葉が、いかに埒もあかないものかと気づきながら言う。

「じゃあ、どういう立場なんだよ?」
瞳が上がり、俺を突き抜ける。
いつしか力強さがこもってくる。
堂堂巡りにないそうな気配に、俺は大きく息をつく。
「大事な・・・・預かりもんってやつだ。」
なぜか言葉が喉に詰る。
「それは、組にとって?」
俺に焦点を合わせた瞳は、不思議な生真面目さを持っているようで、
瞳に浮かぶ翳は、光の具合だろうか。
「・・・・・それ以外の何だって言うんだ。」
つい、俺の口の端は上がる。






奇妙な沈黙が部屋を支配する。


たにの唇が、息を探すように小さく開く。
何かを探りあうように空気がぞわりと捩れる。
俺は目を眇める。
奴は目を開き、その虹彩に潤んだような翳がさす。
そして唇が、言葉にならないかたちを結ぶ。
瞳はいつになく生真面目なまま。
俺に何を見つけようとしているのか。
俺の何を掬い出そうとしているのか。
まるでこいつの前で丸裸にでもされているような、
じれったいような羞恥が湧きあがる。




「何が、不満だ・・・?」
俺は奴の手首を掴む。
ここに来た間に、随分と細くなってしまったそれはしなやかに強張る。
「不満なんか・・・・」
そして又俺は、その瞳に縛られる。
「だったら、食え。」
「嫌だ。」
小さな唇が、固く引き結ばれる。
俺の中に膨れ上がる何かは、どうとでもなれという熱を持つ。
瞳が、唇が、かき乱す。
思いきり腕を引き寄せる。


顎を思いきり掴み上げる。
苦痛でたにの顔が歪む。
俺は覗きこむように顔を寄せる。
唇に歪んだ笑みを張りつかせたまま。
捩れたままの空気の中で、唯一聞こえるのはお前の鼓動ばかり。
そんな自分を振り払いたかった。








どんな答えを望んでいたのか、自分でもわからない。



「・・・・・ぅ・・・・ぐっ・・。」
不意に引き寄せられる力に、何故か瞬間抗えなかった。
顎を掴まれ、唇をこじ開けられる。
口腔を這う舌に、我に返る。
あいつの腕の中で、一瞬の時が止まる。
心のささくれが、痛い、なのに微かに心地よい。
触れあっているのは、身体だけなのだろうか。

そして、溶けるように身体が離れる。
俺達はお互いに、強張った瞳で見詰めあうしか出来ない。
ただ互いを見つめながら、
踏み込むことも、踏み出すこともできない。
踏み込みたいのか、踏み出したいのかそれすらも分からない。




向き合っている、こんなに近くに。





だけど、俺達は遠すぎる。
それしか、分からない。






「そろそろ謹慎は、お仕舞いだそうだ。」
りかが誰にともなく、呟く。
道に迷ったように、俺は頷いた。



















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