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  38.

   







そんなふうに、時間は過ぎて行く。



微かな軋みを内包し、それでいて緩やかな流れを決して絶やすことなく。
一人で過ごす時よりも、こいつと二人に、いや、一人と一人になる時にそれは影を落とす。
孤独、というような感情的なものではなく、それは俺達が別の人間であること。
人は人であって、それでも人にはなれない。
あたりまえのこと。
理性によってのみそれは繋がりをもつことができる。
その個人としての心地よさに、俺は満足していた。
ならばこの軋みは、なんなのだろうか。
心に掠れたような痛みが走るのは、なんだというのか。

この、たに、という若者に。








謹慎も一週間を数えるほどになる。




「お・・・・雪か。」
「そのようですね。」
ゆうひがフォグライトを点ける。
窓に引き攣るような跡が、蹂躙されたように残る。
「暖房強くしますか?」
「いや、もうそろそろ着くだろう。」
今年最初の季節の前触れは、白い蟲たちのように蠢きざわめく。
夜の高速はまばらで、空気の震えすらも蟲達に喰われてゆくようで。
弦が一際清冽に、耳を刺激する。















今夜はずいぶんと冷える。
エアコンをガンガンかけて、帰りの遅くなるらしいあいつを待つはずも無くさっさと食事を済ませる。
寒いからバスに湯を張って、奴の香りの石鹸で洗う。
奴の香りのタオルで拭く。
あとは寝る前にちょっと筋トレするだけだ。
ふと、窓の外に目をやる。



あ、初雪だ。

俺は窓辺へ駆け寄った。
ガラスに顔を押し付けるようにして見る。
夜の雪は地面に吸い込まれるように落ちてゆく。
子供っぽいと思われても仕方ないけど、こうやって見るのが好きだった。
さらさら落ちる雪が、しゅるしゅると地面に吸い込まれてゆく様が。
胸の底に巣食っているわだかまりが、溢れそうな混乱が、一緒に吸い込まれてゆくようで。
いつまでも飽きずに、窓にへばりついていた。




「何してんだ。」
不意に後ろから声がかかる。
帰ってきたのに気が付かなかった。
「おい、又風邪ひくぞ。」
肩に手がかかる。
無意識に肩が強張るのがわかる。
奴の手にもわかってしまっただろう。
ゆっくりと振り向く。
コートもとらないままのあいつが、俺を見ている。
「雪・・・・見てたんだ。」
あいつは、俺を見ている。
「そうか。」
俺も顔を上げる。
「謹慎中でも外は見ていいんだろ?」




こんなにまともにこいつの目を見たのは久しぶりかもしれない。
なのに、こいつの目は変わらない。
何故か胸に苦さが走る。
ほんの一瞬。
そして俺は痛切な孤独を感じる。
「そうだな。」
コートを脱いで、風呂に入る。


グラスを傾けても、尚あいつは窓に張りついたままだ。
そのガラスの向こうに見えている風景はなんなのか。
それを知りたいと、ちらりと頭を掠める。
それは酔いのせいに違いない。









肩に何かかかる。
「ガウンくらいかけとけ。」
あいつがまた立っていた。
「又風邪ひくわけに、いかねぇだろ。」
俺はおずおずと頷いた。
「じゃあ、俺は寝るからな。」


こいつは分かるか分からないほどに頷く。
肯定のつもりらしい。
俺はベッドに横たわり、窓から背を向ける。
雪の静けさが音となり纏わりつく。
あいつの体温が軋みとなり纏わりつく。








雪はまばらになってくる。
この分だと明日にはやむだろう。


肩にかかるガウンの温かさが、なぜか心地よく。
俺は窓に見入り続ける。
















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