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  37.

   








謹慎つっても、なにするってわけじゃない。
いや、なにする訳じゃないから謹慎なのか。




ベッドの端であいつが起きる気配を感じる。
俺も急いで飛び起きる。
で、起きたからって何もすることも無いけど、とりあえず着替える。
奴がシャワーを浴びてる間に、コーヒー位は入れとく。
俺達は無言でコーヒーを飲んで、俺がパンなんか頬張ってるうちにあいつは出ていく。


あとはやることもないから、掃除する。
っていっても、元来綺麗好きな性格なのかたちまち終わっちまう。
身体がなまっちまう、とか思って筋トレとかしてみる。
うっすらと汗をかいたあたりで、なんかバカみたいな気分になってやめてしまう。


飽きるほど見なれたはずの部屋。
俺は近寄らなかったエリアに目を向ける。
無数の本とレコードが並んだ棚。
そういや、俺が仕事で遅くなった時とか読んでたなあ、とぼんやり思い出す。
背表紙を眺める、なんか硬そうな本ばっかりで。
ついでにいうとあんまりあいつの、ってかこの家の仕事に関係なさそうなのばっかな気もするけど。
レコードはクラシックばっかで、タイトルすら読めやしない。
一人でこの部屋で、クラシックに包まれながら本を読み耽る姿が浮かぶ。
なんとなくばつが悪くなる。
あいつをこっそり、覗き見してしまったようで。
今更、何を知りたいってわけじゃないけど、
だけど、俺の知らないあいつ。
そんなことすら知っていいのか、一人では判断できない。



ベッドの上で膝を抱える。
広い窓を見ながら、色んな事を考える。
そういや、俺、本の一冊ももってこなかったんだよな。
服だって靴だって、何もかもここで用意されたものばっかりだ。
俺がここにくるまでの痕跡は、きれいさっぱりこの部屋にはない。
でも、多分それで良かったんだと思う。
何か一つでも過去と繋がるものがあったなら、俺はそれに囚われて、
身動きが出来なくなってしまったに違いない。
一人であることが、一人ならば、それは孤独なのだろうか。
一人でないからこそ、そこに出来る空間から孤独が染み出してくる。
その時、思考を内に向かわせているのならば、人は溢れ出る思いをどこにもって行けばよいのだろう。



頭の中のぐるぐるしたものを繋ぎとめるように、
俺は強く膝を抱きしめる。
















「ご苦労さん。」
デスクについた途端、ワタルがやって来る。
「何だ?」
「昨日探してきたんだってな。」
俺はつまらなそうに呟く。
答えにならぬ答えを。
「あぁ・・・・別に。」
こいつにしては間をおいて尋ねているところを見ると、
こいつなりに気は使っているらしい。
「お前が手をあげたんだって?」
「当たり前だろ。」
「そうか?」
俺は顔を上げる。
「・・・お前、なにが言いたい?」
「いや、別に。
 確かに轟さん直々に手をあげたんじゃ、
 それもシャレになんねえからな。」
人様の机に腰掛けて、おもむろに煙草に火をつける。
「だから謹慎位で済んだんだろ。」
話し込むつもりは毛頭無い。
「さあな。」
俺は忙しいのだということを言外に匂わせる。
鈍感なお前でもわかるように。
「まあ、お前なりに庇ったってわけか。」


「俺はあいつを任されてる。
 それだけだ。」








午後からは表に出る。
ゆうひが車のドアを開けて待っている。


無言のままで乗り込んで、無言のままシートに身体を埋める。
「今日は・・・・どれにしますか?」
カーステレオのセレクトを尋ねられる。
「いや・・・・今日は、いい。」
ゆうひは一瞬訝しげな目をミラーに向け、そして何事も無かったように又運転し続ける。
窓に肘をかけ、流れる世界を眺める。
午後の乾いた光がアスファルトに乱れ、散る。
何一つ、とどまるものなどありはしない。
流れ、乱れ、散ってゆく世界の中で俺は何を求めていたのか。
それはおそらくは自分という誰かなのだろう。
人間の脆弱さ、愚かしさ、厭わしさを嫌と言うほど感じてきた。
巻き込まれまいとする事は求めつづけるという事だったのか。

今になって、何故、俺はこんなにも揺らいでいる。
ざわめき、戸惑い、そして踏みしだかれているようにすら感じてしまうのは何故。
触れたことも、砕いたことも、逃げたことすらも、理性とは程遠い処にあった。
それは目を逸らそうとしている、俺なのか、
それとも自分と言う誰かなのか。
目を逸らすことで見えるものが、果たして実在すると信じているのか、俺自身は。
逸らさぬことによって見えてしまったものは、自分の何処に向かって行くべきなのだろうか。
受け止め、消化して、事も無くやりすごす。
それでも、溢れてしまうならば、それはどこにもって行けばいい。







「爪の形が悪くなります。」
静かにゆうひが呟く。
ミラー越しにあった目を彼は静かに伏せる。
無意識に爪を噛んでいた自分に、その時初めて気がついた。












「おかえりなさい。」




帰る頃には夕飯が並んでいる。
「ええと・・・やることないから、掃除しといたよ。」
そうか、という俺に焦ったように。
「だけど、触れてないから、あんたのエリア。」
きっちりと俺達の境界線を示す。
「別に・・・触れたければ触れてもかまわねぇよ。
 きちんと片付けさえしといてくれんならな。」

少し複雑な、そして不思議そうな顔になる。
そして、触れるなといわなかったことに俺も複雑な気分になる。
「メシ・・・食うぞ。」
「あ、俺、シャワー浴びてくる。
 埃っぽいから」
返事も待たずに浴室に飛びこんで行く。
俺は勿論、奴を待たずにさっさとメシを食い始める。




俺達はそれでも一人と一人のままで。
そこにできた空間は肌を刺すような、張り詰めたもので。
それは多分、奴の拒絶の香りなのかもしれない。
そして、不意に、忍び寄るような息苦しさに気が付く。





水音はまだ、やむ気配が無い。















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