31.
乾いた陽光の下、並び立つ石の群れ。
だからといって俺の日常は変わることもなく。
それは一つの区切りですらなかったように。
「タニ、洗い物もってっといて。」
「あ・・・はい。」
馬鹿でかいランドリーバッグをしょって、洗濯機にぶちこんで。
早足で厨房に戻り、見よう見真似であれこれやって。
何があったのか、何処にいったのか、
穿鑿する言葉はなく、ただ少し距離が離れてる。
胸の半分が緩やかに弛緩して、残りの半分は寄る辺無さに強張って。
そんなバランスの悪さの中に、揺れているような俺がいる。
この慌しさは、救いなのか逃避なのか。
そしてふっと息をつく、心の漣がおさまった一瞬に、
なぜか思い浮かぶのは、あのライトに浮かぶ横顔。
いかにも不味そうにホットドックを頬張りながら、
お互いに交わす言葉も殆どない、あの帰り道。
交わす言葉の無い部屋に戻り、交わす言葉も無く泥のように眠りに落ちた。
この屋敷に俺は順応しているのか、麻痺しているのか。
人が近しくなるにつれ、
あいつだけ遠ざかっていくように思えるのはなぜなんだろう。
今までとなにも変わっちゃいないのに。
「これ片付けたら、暫く休み時間あげられるから。」
「はい。」
山のような食器を、黙々と洗いつづける。
「そろそろメシだぞ。
りか、どうする?」
デスクの前で大きく伸びをしたワタルが尋ねる。
「ああ、俺は・・・今は、いい。」
顔もあげず、ぶっきらぼうにおれは答える。
「なんだ、運ばせるか?」
「いや、食欲がわかねえから・・・・・いい。」
えらく心配そうな顔をされる。
お前にとっちゃあ、メシを抜くなんて大事なのかもしれないが。
「なに笑ってんだよ。」
「たいしたことじゃねえよ。
こっち片付けとくから、行って来い。メシ。」
さっさとワタルを追い出すと、俺は椅子に深く沈む。
窓からの陽射しは、徐々に強さを増し、
どこからかの喧騒は、静けさを際立たせる。
指で軽く額を揉む。
頭に当たるひんやりとした皮の感覚が心地良い。
囚われつつあるものがなんなのか、目を逸らしたい。
あの突き通すような力を持った瞳を、感じたくない。
デスクに足を乗せる。
潰れるのならそれでいい。
人に掬い上げられる者は、人に沈められる。
さもなければ、巻き込んで共に沈むことになる。
思考が混迷してゆくのが、手にとるように見えている。
少しずつ過去に折り合いをつけて、
少しずつ今を吸収してゆく。
それは決して卑俗なへつらいなどでは無く。
あいつの強さはそんなところにあるかもしれない。
そして俺は気後れにも似た感傷に囚われそうになる。
力でねじ伏せる程に、どうしようもない虚しさが音も無く降り積もり。
潰されて呻き声を上げているのは、俺か。
苦く笑い、受話器を取る
「ああ・・・俺だ、今夜は暇か?」
答えは思った通り。
感情は出さない、何時も通りのゆうひの事務的な声音。
吐け口ですら選り好みする、質の悪い俺。
まだ、あいつは帰ってこない。
ワゴンに残る一人分のメシ。
もうすっかり冷めてしまった。
俺が気にする事ではないはず。
ただ自分の分を、自分一人で静かに食べて。
自分の為に風呂に入って、自分の為に寝巻きに着替える。
いてもいなくても同じ事。
そんなこと、言い聞かせることですらない。
カーテンをほんの少し開ける。
遠い星は、まるであの日のヘッドライトのように瞬いて。
傍らの残像を振り切るように、俺は無理やり目を瞑った。
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