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  29.












本当は気が付いていた。





フロントガラスが指で弾かれる。
「ごめん、遅くなっちゃって。」
俺は目を開き、サングラスからゆっくりと目を上げる。
「いいのか、出して。」
「ん、ありがと。」
助手席で、黙々とシートベルトをつける。



表情はいつものまま、心の中を見せそうで、
だが俺は何も見えないまま。





冬の日は早い。











高速に入る頃に、銀鼠の空が錆色へ。
あれからこいつは一言も話さない。
まあ、お互いさまなんだが。
涙の跡でも浮いていると思ったのか、
それとも食ってかかられるとでも思ったのか。
今更何を考えていたのだろう。
抜け落ちてしまったものが、余りに大きいならば、
どこかで神経を断ち切るしかないはずだ。
分かりきってることなのに。
気が付きたくなかったのかもしれない、
こいつの失ってしまったものの大きさに。






いつの間にか都会へと、高速は撓り続く。
ハンドルを握る彼、俺たちはやはり言葉を無くしたまま。
夕暮れに浮いていた、微かな星はヘッドライトに溶けてしまう。
街の明かりがざわつくように瞬き広がる。
本当の光なんてわからない。
そんな世界に俺たちは流されていくようで。
こいつには見えているのだろうか、この世界を照らすものが。
対向車の明かりに浮き上がった顔は、
静かに、物憂げですらあって。
立ち止まり見上げる余裕なんか、俺には無いまんまだ。






「おい。」
ふと、俺は声をかける。
欠落したかのような空間に、耐えられなくなって。
「・・・ん?」
「腹、減ってねえか?」
思い出したかのような顔で、こちらを見るのはやめてくれ。
「別に。」
「朝から食ってないだろ。」
「そうだけど、そんなには。」
どうしてそんなことを聞くのだ、とでもいうかのような顔で呟くように。
「・・・・・・腹、減ってるの?」
「別に。」
答えが巻き戻しだな、俺たちは。
「じゃあ、いいよ。」
前を向きなおした横顔は、行き交うライトのせいだろうが、
鈍く青白く映る。
貧血でも起こされたら面倒だと、自分に言い訳する。
「未だあるから、・・・・なんか入れてけ。」
返事を待たず、車線に割り込んで、
サービスエリアに回り込む。




「なんか、買ってこい。」
迷い込んだ道で空でも眺めているように、ぼうっとしている表情に言う。
「あ・・・、うん。」
慌てたようにポケットに手を入れる。
「え、と。 ・・・財布。」
困ったような顔が、流れてゆくライトの中で歪んだ。
それどころじゃなっかったってわけだよな。
「ほらよ。」
千円札を投げるように渡す。
はじめて見たなにかのように、握り締めてそれを見つめながら。
「じゃ・・・なんにする?」
「何でもいい、お前の食えるもんにしとけ。」




返事もせず、車を飛び出した。
おたついている自分が情けなくて。
財布ひとつまともに持ってないなんて。
日が落ちて、外はもう寒いくらいで、
俺は走るみたいに売店へ。





埃っぽいカウンターには、たいしたものなんか売ってるわけない。
手持ち無沙汰に俺は指で数えてって、頭は動いてないんだけど。






「これ。お釣り。」


車に座ったままのやつに小銭を渡す。
茶色い紙袋をがさがさ開けて、ホットドッグとコーラを取り出す。
「こんなもんしか、なかったよ。」
「ああ。」
俺は止まった車の中でパンにかぶりつく。
行き交う車の吐く、排気ガスの匂い。
ちらちらと目を刺す窓からの光。
ホットドッグはもうぱさぱさで、
ソーセージも味なんかしない。
だけど、口を動かしつづける。
喉に落ちるぱさぱさの感触は、
心の底にへばりついているかさぶたを擦るようで。
剥がれ落ちるにはまだ生々しくそれがひりついて。
心の底のその下の痛みが鈍く目を覚ます。
思い出したように、今更のように、
俺の鼻の奥は痛くなる。


いつかのサンドイッチと同じ味だ。
だけどあの時より、少しだけ、
少しだけだけれど食べてるって感じがする。
石塊はまだ心に圧し掛かるようなのだけれど。
空に浮いたままの自分の片足が、ぼんやりと見えてきた。





どこに降ろしたらよいのかわからない身体をかかえたままの、
自分が見えてきた。







「食ったら、帰るぞ。」





コーラから口を離し、彼がギアを入れる。












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