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27.









冬の陽射しが、少しずつ少しずつ解けるように。
俺はあっさりと回復し、又日常へと巻き戻される。
慌しいりかの日常も相変わらずで、必要最低限の言葉しか交さない。



あの夜以来、俺にあいつは触れてない。
呟くような挨拶だけして、お互いに広い寝台に固まるように離れて眠る。
たまたますれ違う見知らぬだれかよりももっとひらいた距離。
肌だけが、ぴりぴりと空気を感じて。
なんの為に、俺はいるのだろう。
なんの為に、ここにいるのだろう。




黙々と遅い夕食をつまむあいつの横、おれはパジャマを抱えバスルームに。
「今度の週末で、いいか?」
「え。」
意味が分からず、立ち止まる。
りかはこちらを見ようともせずに、メシを食う手を止めようともしない。
「墓参り。」
忘れてたわけじゃなかったらしい。
「行って、いいの?」
「当たり前だ。」
「・・・・ありがとう。」

これだけのことがやけに嬉しくて、パジャマを握りしめ俺は頭を下げる。






礼などいう筋合いじゃないだろうが。
てめえの親父さんだろう。
素直に下がる小さな頭に、俺はいたたまれないものが走る。
柄でも無い。
バスルームに早足で飛び込む後姿を、気が付いたら目で追っていた。
なにも言う事などありはしないのに。


食欲が失せる。







朝方にふと目が覚める事がある。
まだ空け切らぬ、群青の天の微かな陽射しをたよりに、
傍らに首を回す。
緩く波打つ髪に涼やかな寝息をたてる顔が、薄ぼんやりと浮かびあがる。
その寝顔に、俺は何を見つけたいのか。
安らいだ気持ちになるのを押しとどめる。
耳の底に微かに木霊する。
この顔におよそ似つかわしくない、叫び。
剥き出しの、唯一のお前の声。
俺が抉っていたものは、身体ではなく、
彼の心の底。
押し殺していた本能に、闇雲に自らを突き立てた。
あの焦燥感が、俺の中に目を覚ます前に、
夜は只、早く空けて欲しいだけのものになる。










触れない夜が、重なってゆく。




















「準備、できたか?」


「あ、ごめん、もうちょっと。」
鏡の前で、ネクタイを締めなおす。
初めての墓参り、きちんとした格好をしていけよと、
スーツを投げてよこされた。
あいつの見立てなのだろうけれど、採寸したみたいに身体に合って。
かろうじて七五三にはならずにすんでいる。


それでもネクタイはいつまでたっても、苦手で。
結び目がしっくりこない。
変な処だけ、神経質だってよく笑われたっけ。
そんなことがぼうっと浮かんだせいで、またやり直しだ。
「貸してみろ。」
鏡の前のもたついている俺に痺れを切らしたのか、
あいつがいきなりネクタイを取り上げる。
変わらない顔の高さ。
こんな側で真正面から見るのは、久しぶりかもしれない。
手早く整えて、結び目をぎゅっと上げて。
「ほらよ。」


鏡に映るネクタイは、りかが結んだ事が直ぐわかる。
程よい大きさの結び目が、ぴったりと喉元に納まって。
緩くもなく、きつくもなく。
なにもかも、俺の為に誂えたようないでたちの俺が映っている。





「いくぞ。」














小春日和の空、回された車が玄関に止まってる。
りかが運転席に座り、助手席を顎で示す。
他には誰もいない。
こいつが出かけるってのに、見送りもいない。
周りを見て、助手席に乗る。
「今日は・・・あんたの見送りは?」
「ああ、必要ないだろう。」
確かに大事にされたらどうしようと思ってた。
別に俺なんか、どうということも無いはずだけれど。
どういう立場で、どういう色眼鏡に通されているのか、
それでも時々不安になってしまう。
こいつにはわからないだろうけれど。
それでも、少しだけほっとする。






澄んだ冬の陽射しの中で、りかが車のキーを入れる。










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