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 25













珍しく早く、あいつが帰ってくる。






俺は頭を押さえ、テーブルにつく。
ネクタイを外しながら、一瞥される。


「大丈夫か?」
「もう、平気。」


そして、カトラリーの音だけがやけに響く食事が始まる。
本当はまだふらついてる。
だけど俺は意地になって、食い物を頬張った。
どす黒いみたいなワインを、ゆっくりと舐めながら、
こいつは俺を見るとも無く、見つめる。




昨日のままの顔色で、こいつはただメシを食い続ける。
言葉も無いままに、俺たちは向かい合って座り続ける。
時々お互いに、お互いを盗み見るようにして。
それは透けて見える、お互いを探るように。


揺らぎたくない心に、こいつは何故これほどに波を立てる。
ワインの水面が、微かに揺れて、
俺はまだ見たことのない顔を、ふと考える。
微笑が絶えることなど、なかった顔を。
なにもかもから守られていた、曇りのない瞳を。
そんなことが当たり前だったこいつを。



こいつが黙々と皿を開けた頃に、俺はまだ半分も進んじゃいない。



「ごちそうさま。」
習慣なのだろう、ぽつりと呟く。


「食ったら、もう寝ろ。」
「言われなくても、そうする。」





脚もとのふらつきを、押し隠しベッドに倒れ込む。
なにを食べたのかなんて、覚えちゃいない。
なのに浮かんでくるあいつの顔を、振り切るように眠りに逃れる。











頭から熱いシャワーを浴びる。
ざわめき続ける胸の内は、収まらない。


あの銃弾が引き裂いた日からの、
あいつしか俺は知らない。
蒼白な面差しが、乾いた冬の陽射しに浮き上がった。
脚を取られるように、目が離せなかった。
世界がその時、はじめて色を持った。
それは、畏れにすら似て。



孤独であろうとして、折れそうな脚を踏み締めて、
それでも脚を進めなくては。
唇を噛み締めて、頭を上げる、
なにがこれほどに揺さぶるのか、
形になるまえに、シャワーの栓を止める。









のろのろと身体を拭いて、バスルームを出る。






ブランケットに俺は滑り込む。
緩やかに聞こえる寝息に、なぜか安堵する。
変に冴えてしまった頭を回す。
穏やかな横顔に、目が引きつけられる。
滑らかで安らかな、これがこいつの顔なのかもしれない。
小さく開いた口から、漏れる息は、
届かずに消える。
まるであの日の,茜の深海のように。




「・・・ん。」



まだ熱があるのか、眉間に薄く筋が走る。
息が荒くなり、口が開く。






思わず手を伸ばしかけた。
ゆっくりと止めて、我に返る。
静かに握り締めた拳に、何故か口の端が上がる。





囁くような雨音を背に、
寝息に耳朶を舐められるようにして、俺は瞼を閉じた。










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