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「どうだ、具合は。」
「あ、すみません。」
流石にこのままじゃまずいよな。
ベッドから出ようとする俺を、手で制する。
「ああ、構わんから、寝てろ。」
トレイを俺の膝に置いて、ベッドサイドの椅子に腰掛ける。
「とりあえずな、食っちまえ。」
顎でトレイを指す。
「はい。」
湯気の立つ粥を、急いで口に運ぶ。
「、っつ。」
「ああ、いいから、急ぐな。」
「はい。」
そして俺はそっと匙を運ぶ。
轟は座ったまま、そんな俺を眺めてる。
俺はただ黙々と、食べ続ける。
「慣れたか?」
不意に轟が口を開く。
「はい、なんとか。」
そしてまた、黙々と食べ続ける。
「どうだ、りかは?」
「はい、よくして、もらってます。」
それ以外、答えようが無い。
いらぬ虚勢を張るわけでもなく。
かといって卑屈になるわけでもなく。
ただ、ごく自然にこいつは答える。
そういう性質にできている人種なのだろう。
ある意味、りかとは正反対な。
「奴のこと、聞いたことは?」
「いえ、父から ・・・・・・・・・少しだけ。」
「そうか。」
そして俺を前にして、窓の向うに目を流した。
「つけなくてもいいカタまで着けたがる、って。」
「ああ、それは、言えているか・・・」
俺は低く笑うしかない。
そう言われれば、確かに奴らしい。
食べ終わった匙をきちんと置く。
「何か、聞きたいことは、あるか?」
瞳を見開いて、こちらを見つめる。
引き結んだ口の中で、戸惑うのが伝わる。
なにが言いたいんだろう、俺に。
聞きたいことは、胸が詰まるほど。
大和組は。
聞いてどうなるもんじゃない。
俺は。
聞いたってどうしようもない。
りか。
聞いてわかることならば、
だけど、多分わからない。
俺が見つけるしか、ない。
「いえ。」
「いいのか。」
「はい。」
「なにかあったら。 ・・・・りかに聞け。」
そう言って、右手を上げて出て行った。
りかに・・・・・そうだよな、俺の面倒見てるのはあいつなんだ。
そういや、まともに喋ったことなんかあったっけ、俺たち。
ガラスにへばりつく水流に目を凝らす。
雨は激しさを増し、流れる都会は単色を纏う。
畳みかける和音が妙に、神経に障る。
「音、止めてくれ。」
深く煙を吸い込んで、今日は煙草がやけに苦い。
言葉を交しても、なにか大事なものは後ろを向いたまま。
互いにすれ違うばかり、そんな思いが頭にこびりついたまま。
雨のざわつく音は、まるで鼓動のように響く。
人を育てるなんて、柄じゃない。
どうして、俺なんだ。
人に育てられようなんて、柄じゃない。
どうして、あいつなんだ。
神経はいいかげん参っているはずなのに、
それでも光の潰えない瞳。
言葉は未だにないままに、俺を無理やり受け入れる身体。
くたくたになるまで俺は、只あいつを貪って、
抜け殻にしないと気が済まない。
制御できなくなっている、混乱をそして又ぶつけてしまう。
快感とは程遠い処で、やっと安堵が押し寄せるまで。
抜け殻になり、はじめてあいつは手を差し伸べる。
意識の遠のいた唇が、小さく開く。
言葉にならない言葉だけが、俺の鼓膜を震わせる。
弁えが無い。
よくも言ったもんだ。
胃を捻るような自己嫌悪が湧き上がる。
俺の混乱を、手に余る困惑を。
全て見透かされているような瞳に、つい口が過ぎた。
このほつれた糸を、千切ってしまいたい衝動に駈られ。
全ての糸が切れたとしても、それでもあいつは生きるだろう。
それでも瞳に光を宿し。
その逞しさは、今は未だ殻の奥に大切に息衝いて、
いつか俺を圧倒する事だろう。
憧れて止まないものを、いきなり眼のあたりにしてしまった。
そういうことだとしたら。
湧き上がる自らへの嘲りに、シートに身体を埋め、
しばしの眠りを彷徨う。
なにを喋っていいのか、わからないのが本音。
この小さな部屋の中で、お互いがお互いに触れないように、
注意深く俺たちは動き回る。
又、寒さがぶり返してくる。
ブランケットに包まって、一人分にはどうにも広すぎる寝台に丸くなる。
触れ合うのは、夜半、ほんの一時の悪夢の中で。
分からなくなるまで、ぼろぼろにされて。
もう、どうでもよくなって、あとは意識が切れていく。
枯れた喉のひりつく痛み、関節の軋みだけを感じながら。
網膜に映る、りかの翳はいつも歪んだまま。
およそ快感とは縁遠い、強張ったような瞳で。
折れるほどに抱きしめられる、この痛みはなんなのだろう。
熱が戻ってきたのかな、ぼんやりした身体を抱きしめて。
これじゃ、本当に犬だよな。
なのに、朝のまどろみのなか、
なぜだか温かく、柔らかな肌を感じることがある。
なのに、俺は安心して身体を委ね、
なぜだか目を開くと、終わってしまうような気がしながら。
窓を伝う雨、薬がまどろみへと誘い。
この雨を、あいつはどこで眺めているのだろう。
こんな一日を、あいつはどんな風にやり過ごすのだろう。
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