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      21














しめやかな雨音で目が覚める。






霧に煙る空は低く垂れ込めて、
薄墨を刷いたように、世界は静けさに満ちる。




なんとなく熱っぽい、咽喉が痛い。
ブランケットに包まったまま、窓際で寝入ってしまった。
この位の風邪なんかで休んだら、又特別扱いだ。
怪我のときの痛み止めを飲み下す。






今日はなんだか闇雲に忙しくて、
猫の手でも俺の手でも借りたいようで、
回りそうな頭を抑えながら、あちこち駆けまわった。
余計な事など考える暇も無いのが有り難い。


余計なこと、って。













気が付いた頃には、日はとっぷりと暮れていた。
厨房の片付けも終わり、俺の仕事も終わる。
夕食を取りに行く。
「今日は帰ってくるみたいだから、ゆうひさんから連絡ないし。」
二人分の食事を押して帰る。







扉を開けた途端、冷気が身にしみる。
エアコンを急いでつける。
薬を飲んで椅子で丸くなる。
痛みが引くのをじっと待った。




暖かい味噌汁、つやつやのご飯、香ばしい西京焼、
好きなもんばっかのはずなのに、何故だか箸が進まない。
熱い風呂でも入って、さっさと寝ちまおう。
半分も減っていない食事の、箸を置く。


ブランケットに包まって、熱が出てくるのがわかる。
関節がなんとなく痛くなる。
頭がぼうっとし始めた頃、車の入る音がした。





















車を降りる頃には、霧は氷雨に変わっていた。




目覚めれば、やはり定かではないバランスに俺は戻されて、
揺らぐ澱んだ感覚に、なお蝕まれ続ける。
光の落ちた邸内に、雨音だけが密やかに響く。




部屋に脚を踏み入れる。
柔らかな温度に包み込まれる。
少しずつ部屋に馴染む、
他人の気配、他人の匂い。
詰まりそうな、息。
シャワーで頭を冷やしたい。


僅かに変わってくる、タオルの位置。
残された飯に目が止まる。















扉の軋む音がぼんやりと聞えた。



寝ているのか起きているのか、自分でも定かでないままに、
漏れる光に頭を巡らす。
逆光の影が、立ち止まったように見えた。





得体の知れない逡巡を引き摺りながら、
俺は寝室の扉を開ける。
漏れる光に浮かび上がる、いつもの影。
こちらに向けられた瞳に、思わず脚が止まる。
そ知らぬ振りで眠ってしまえたら、
そんな思いと擦れ違うように、脚を踏み出す。









雨音が消えてゆく。











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