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一人分、テーブルにきちんとセッティングしてみる。
俺だけの分だから、手の込んだものなんかじゃあないけれど、
それでも十分な料理の前で、手を合わせてから箸を取る。
いつもの倍くらい時間をかけて、ゆっくりと咀嚼する。
あいつの匂いが染み付いた部屋で、俺は匂いから顔を逸らす。
帰ってきてもこなくても、なんにも変わらない、
せいぜい言葉が、二言三言増えるだけだ。
バスタブに湯を張って、伸びながら浸かる。
腹の傷は白い痕へと、変わっていた。
柔らかいタオル、ふんわりとしたバスローブ、
香りのいい石鹸。
品が良くて、上質で、癖のあるものばかりが揃ってる。
広過ぎるベッドの、それでも片隅で、
何度も寝返りをうつ。
眠りの淵は訪れず、ぼやけたフィルムのような昔が甦る。
懐かしむには、まだ近過ぎて、
向かい合うには、もう遠過ぎる。
胸に溜まってくる重みに耐えかねて、
俺は起き上がり、カーテンから外を覗く。
やっと見慣れ始めた木々の群れ。
その向こう突き刺さるように、細い月がかかる。
冬の空は冴え冴えと、透き通るような闇が広がる。
痛い程に白い月明かり、ちらつくような星の煌き。
世界は何も変わっちゃいない。
そう信じることすら許してくれるそうな天を、
俺は食い入るように、見上げ続けた。
ルームサ-ヴィスの乾いたサンドイッチを酒で流し込む。
疼く頭を抱えたままで、言訳するように部屋を取った。
なにもかもが、神経に障る。
人の気配の無い、ホテルの部屋に転がり込む。
傍らでゆうひが電話を切った。
どうにかこうにか段取りはついたらしい。
「じゃ、明日、八時でいいですか?」
俺はソファに伸びるようにして、頷いた。
「ワゴン出しておきます。
ゆっくり、休んでください。」
ゆうひはそれ以上なにも言わず、
俺も此れ以上引きとめない。
飲みこむものがあったとしても、
俺達はそ知らぬ振りで。
そして事も無げに扉を閉じる。
熱いシャワーを浴びる.。
いつもと違うタオル、いつもと違うバスローブ。
そして疼きはうすれてゆく。
そして、木霊するものから目を背ける。
窓際に腰をかける。
下界は暗く、霜がおりたように微かにもやう。
そして、天には行き場を無くしたような月が浮かび。
光すら固まってしまったような、今一時の静寂を。
俺達は変わらない。
信じたい思いを、又酒で流しこんだ。
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