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19
アリアドネの糸が手繰られる。
痛みが、突き上げる。
吐き気が、込み上がる。
口が、開く。
侮蔑の瞳を思い出す。
歯を食い縛り、気が遠くなる。
涙が溢れ、声が込み上がる。
そして、空になる。
淋しげな瞳が掠める。
りかの腕で眠る。
「薬、飲みますか。」
アクセルを緩めながらゆうひが声をかける。
「なにが?」
「顔色、良くありませんよ。」
サングラス越しにでも分かるほどの顔色なのか、俺は。
笑いが苦く漏れてくる。
あの日から、鈍い痛みは頭に澱みつづける。
「今日は早く上がりましょう。」
「いや、いつも通りだ。」
ミラー越しに一瞬ゆうひと目が合う。
小さく溜め息をついて、アクセルを踏みなおす。
「何か、かけてくれ。」
「何にします?」
「八番。」
戦火の底で産み落とされた旋律。
悲壮に奏で上げる、弦の響き。
悲劇を生むものは暴力などではなく、
生命を押し潰そうとする、生命そのもの。
フロントガラスを通して尚、冬の日は冷たく光る。
俺は逃れるように、沈みこみ目を瞑る。
嵐のような後片付けも終わり、
ゴミも出してきた。
ワゴンを取りに行く。
「あ、今日はこっち。」
一人分のトレイを指差される。
「え。」
「今日はさ、りかさん、帰らないって連絡あったから。」
それならばここで食べていけば、と言われる前にトレイを抱え上げる。
いつもと変わりゃしない。
足早に部屋に帰る。
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