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俺は今の処、下っ端のその下らしい。





なにができるって訳じゃない。
厨房の隅になんとか置いてもらってる。
高校生に毛が生えたみたいな、ボーイもどきの格好の俺。
あいつはいつも仕立てのいいスーツに身を包み出かけてゆく。




余り言葉も交わさない、時々目で合図されるくらい。




へとへとになるまで駆けまわって、
二人分のワゴンを運ぶことで、仕事は終わる。
特別扱いなんだろうけど、
まだ皆と空気が違う、少し息が詰まる。
あいつはいつも遅くに帰る。
だからいつも一人で食べる。




日付が変わる頃、いつものように、
噛みついて引っ掻いて、引き裂かれる。






そして、二人、踏みにじられたような顔をする。






















倉庫の片付けを言いつけられる。
セーターを埃まみれにして、屋敷に戻る。
長い木立を、早足で抜ける。
寒さに手が悴む。


向うから歩いてくる奴がいた。
あの時のイカロスが、一人でやってくる。
霧矢の瞳を思い出し、つい声をかけてみた。 
無視される。


「待てよ。」
思わず、腕を掴む。
どこも似てなんかいないのは、分かっていても止める。
「なんだよ、お前。」
薄くなった疵をなぞる様に、顔を見る。
「あ、と、あの時会った。」





「だから?」
取り付くしまも無い。
腕を振り払われる。
「つまんねえコソ泥かって、聞きたいわけ。」
見下したような顔で、言われる。
そんな顔をされた事は、無い。
「別に、そういう訳じゃねえよ。」
つい、口調がきつくなる。
どうしてこんな奴、似てると思ったんだろう。
「ただ、ちょっと。」


懐かしかった、なんて死んでも言いたくない。



「その程度で、声かけんなよ。」
こんな言い方、される覚えは無い。
「ずいぶん、偉いんだな。」
「お前には、負けるけど。」
上がる口の端を見て、血が昇る。
「ケンカ、売ってるわけ。」
「あんま、好きなタイプじゃねぇな。」


心で十、数える。
「俺の事、知ってるわけ。」
「ちやほやされてるって、事だけは。」
吐き出すように、言葉を継ぐ。
「あいつを殴って、お咎めなしで、ここの奴等は腫れ物に触るみたいだろ。」
「そんな事ねえよ。」
「お前を助けに大立ち回りしたバカも、いたんだってな。」
「事情があったんだ。」
十、まで数えた。


「夜もうるせえんだよ、お前。」


イカロスに掴みかかる。
取っ組み合い、ひっくり返る。
こんな風にケンカしたのは、いつだったっけ。
そう思った瞬間、弾かれたように殴られた。
ぼうっとしたまま、地面に伸びる。




温かい手が、触れる。
「大丈夫?」
片割れのイカロスがそっと、引っ張り上げる。
「悪かったね。」
あいつは後ろで、俺を睨んだまま。
「放っとけよ、そんな奴。」
「黙ってて。」
やけに素直に黙る。
「平気、おれもつまんない事でつっかかったし。」
「ごめん、ちょっとまだ慣れなくてさ、彼。」
ふんわりと後ろを、指でさす。
「ん、俺も慣れてないから。」


イカロスは少し淋しそうに眉を顰めた。
「多分、少し、違うと思うけど。」
微笑んで、軽く手を振った。
言葉を捜している間に、二人は行ってしまった。


一人が一人を支えるように。


頭を振って、厨房に戻る。






また、一日が重なる。










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