8
遠く白く、車寄せの灯りが闇に靄う。
雨は霧となり、車は屋敷に入る。
「呼ぶまで、何か食わせとけ。」
ゆうひに言い捨て、車を降りる。
こいつの目が、開く前に。
あの瞳に、縛られる前に。
コートを脱ぎながら、玄関を抜ける。
今日は、出迎えは無いらしい。
そんなこと、どうでもいい。
兎に角、早く済ませたい。
轟の部屋へ、脚を早めた。
ブレーキの揺れが、一時の安らぎを覚ました。
皮のシートは、緩やかに熱い。
いつのまに寝てしまったのだろう。
昨夜からの騒ぎに、神経は疾うに剥がれ落ちた。
痛みの底に、刻み込まれた。
幾度と無く、吐き出そうとした。
りか、という名前を。
あれが、遺言だったのかもしれない。
「降りろよ。」
ドアを支えて、青年が待つ。
運転していた彼の、名前もまだ知らない。
そんな事は、どうでもいい。
鈍い眩暈の下、廊下を抜けていく。
緩い頭痛の中、足が縺れる。
気がつくと白い部屋に通されていた。
「食っとけ。」
青年が皿を置く。
薄いサンドイッチが目に入る。
機械的に口を動かす。
そういえば、食べてない。
喉が詰まる。
こんなに不味そうに食う奴は、見たことがない。
ライターを探しながら思う。
泣くでもなく騒ぐでもなく、後は潰れるだけ。
煙に混ぜて溜息をつく。
そうなったら、その時だ。
溜息の行方を目で追った。
「お疲れぇ。」
だるそうにアサコが入ってくる。
面白そうに寄ってくる。
「へえ、こいつ?」
壁を見つめたまま、こいつは不味そうに食べ続ける。
「放っとけ。」
煙を顔に吹きかける。
そういえば、出迎えがいなかった。
「何か、あったのか。」
「鼠が、二匹。」
嬉しそうに片目を瞑る。
「コソ泥か。」
「らしいね、俺には関係ない。」
鼻で笑う。
「で。」
「訳有りで使いもんになりそうだから、取り合えず轟さんとこ。」
面倒は、重なる。
「で、食ったら部屋に来いってよ。」
肩を竦める。
長い廊下を引き摺られるように、歩いた。
深い絨毯が砂のように脚に、絡む。
擦れ違う目が珍しそうに、眺める。
青年の背中は一度も振り向かない。
多分、自分の居場所は無い。
重そうな樫の扉に辿りつく。
扉が、軋む。
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