1.労働者性の判断基準(業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無)
労働法の適用を受けないようにするため、業務委託や請負といった法形式が使われることがあります。
しかし、こうした法形式を使いさえすれば適用を免れることができるとなると、労働法で定められているルールは死文化してしまいます。
そのため、業務委託契約や請負契約を締結して働いている人であっても、実質的に労働者といえるような働き方をしている場合、労働法の適用があるとされています。
すると、業務委託契約や請負契約のもとで働いている人について、労働者か否かをどうのように判断する基準が必要になります。これが「昭和60年12月19日 厚生労働省の労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』」という文書です。行政実務でも裁判実務でも、労働者性が認められるのか否かは、ここに書かれている基準に沿って判断されています。
労働者性の判断基準には幾つかのチェックポイントが設けられているのですが、その中の一つに「業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無」という項目があります。具体的には、次のとおりです。
(労働基準研究会報告)
「業務の内容及び遂行方法について『使用者』の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、この点も指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。なお、管弦楽団員、バンドマンの場合のように、業務の性質上放送局等『使用者』の具体的な指揮命令になじまない業務については、それらの者が放送事業等当該事業の遂行上不可欠なものとして事業組織に組み入れられている点をもって、『使用者』の一般的な指揮監督を受けていると判断する裁判例があり、参考にすべきであろう。」
使用者から具体的な指揮命令を受けない労働者の典型が、専門職や裁量を持たされている労働者です。専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制、高度プロフェッショナル制度のもとで働いている人などを想像すれば分かるとおり、労働者の中には具体的な指揮命令を受けない人もいます。こうした方々は具体的な指揮命令を受けませんが、法的には労働者として位置づけられています。
これら専門労働者・裁量労働者と業務受託者等との間を分かつのが、「一般的な指揮監督」という概念です。具体的な指揮監督まではなくても一般的な指揮監督が及んでいる場合、「指揮監督」というチェックポイントは労働者性を認める方向に作用します。
しかし、「一般的な指揮監督」という言葉の意味は、必ずしも明らかではありません。こうした状況の中、近時公刊された判例集に「一般的な指揮監督」が認められるか否かについての判断基準を判示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令7.1.30労働経済判例速報2580-3 国立大学法人大阪大学事件です。
2.国立大学法人大阪大学事件
本件で被告になったのは、国立大学法人です。
原告になったのは、被告と有期契約を交わして非常勤講師として勤務していた方複数名です。無期転換権行使の意思を通知するなどした後、労働契約上の地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では結論として労働者性が否定されているのですが、一般的な指揮監督の有無について、裁判所は次のような判断基準を示しました。
(裁判所の判断)
「雇用契約を締結している専任教員か非常勤講師を問わず、大学教員が担当する授業の実施という業務は、高等教育機関である大学において、専門的な学問分野における専門的知識を学生らに教授するものであり、その講義の内容や実施方法については教授の自由(憲法23条)が保障されており、授業担当者の裁量が広範であるという性質を有することから、その業務の性質上、授業の内容、遂行方法について、基本的に大学側から具体的な指示を受けることにはなじまないものといえる。そして、このような具体的な指揮命令になじまない業務について、被告の一般的な指揮監督を認めることができるか否かを判断するに当たっては、その業務が本件各委嘱契約の内容に従って行われているにすぎないと評価し得るか、それとも、その業務にあらかじめ本件各委嘱契約において定めることが困難なものが含まれ、具体的場面において被告の指揮監督を想定する必要があるかという点も考慮すべきである。」
「以上の点を踏まえて本件についてみると、原告らの担当時間数は、原告Aが週に1日・2コマ、原告Bが週に1日・1コマ、原告C及び原告Dが週に2日・合計5~6コマにとどまっていること(・・・(4)ア~エ)、非常勤講師はシラバスの内容や授業計画(授業の時間割)の検討、コアカリキュラムの策定等への関与をしないこと(認定事実(2)ア)、成績管理の責任者は専任教員が担っており、非常勤講師は成績評価の最終決定者ではなかったこと・・・等の事情は、非常勤講師である原告らは、授業の担当について広範な裁量を有することを考慮しても、あらかじめ本件委嘱契約で定められたところに従って業務を遂行するにとどまり、業務の遂行に当たり、被告から一般的のみならず、具体的な指揮監督を受けることが想定されていないことがうかがわれるのであり、業務遂行上の指揮監督を否定する方向に働くものといえる。」
3.一般的な指揮監督とは?
「一般的な指揮監督」という言葉の意味は、従来、それほど明確に意識されてきたわけではありません。
必ずしも意味内容が明らかとはいえませんが、今回、裁判所によって、その判断方法が示されたことには一定の意義があり、裁判所の判断は実務上参考になります。