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「荷物は、後程。」



汐風の挨拶が、やけに長い。


「自殺で処理致します。銃刀法がいささか面倒ですが。」
その程度なら、轟が何とかする筈だ。
こいつなりに、息子に別れを惜しんでいるのかもしれない。


「では、ご面倒おかけ致しますが、宜しく。」
語尾がいつになく強くなる。
余程の覚悟で託すのだろう。
気付かぬ振りで、車に向かう。


名残を惜しむ訳でもなく、黙々と足音がついて来る。
ドアを開けて、憮然とゆうひが待つ。
息子に顎で、乗るよう促す。
俺を一瞥もせず、こいつは乗りこんで。
緩やかにエンジンが掛かり、屋敷は遠く霞む。
直ぐに忘れる記憶の一コマに消えてゆく。








黄昏れた高速に、ライトは淡く照り返る。
徐々に暮れていく空に、地上の灯りが映り出した。


「あんたさ、りか?」


ゆっくりと瞳が、向く。
瞬くヘッドライトが、強く弱く反射する。
薄く幕を張る赤い瞳。
縛り付けられたように、俺は頷いた。


「親父が。」
掠れた声で、唇を舐める。
「多分、あんたが来るだろう、って。」
絞るように、言葉を探す。
「つけなくていい、カタまでつけたがる、って。」


全てお見通しか。
ヒーターの熱が、少し強い。


滑らかな揺れに身体を任せ、目を逸らす。


静かな寝息が、いつしか漂う。
緊張と疲労に綯交ぜの顔を、見るとも無く見る。
世間も苦労も知らなくていい、そんなことすら思わせる顔を。








こいつが泣けたなら、もっと楽だったのかもしれない。
こいつの痛みは、泣くことすら許してはくれない、恐らく。








車はトンネルに滑り込み、
深い海の揺らぎが、身体を包み込む。
茜のライトの波が、寄せては返し、
深いカーブは迷路に誘い込む。


ガラスに小さく顔が凭れかかる。
柔らかい髪に、額が緩く縁取られる。
乱れた一筋が、茜に透けて溶ける。
仄かに唇が、開いた。
零れた言葉は、うたかたに消える。

届かない泡が、消えた。





そして煙草に火をつける。
ミラーの向こう、ゆうひと目が重なった。
沈む様に、視線は逸れる。


トンネルを抜け、俺は息を吹き返す。
摩天楼の遠く、砂色の天幕が覆い。
水滴がガラスを、薄く舐める。






雨が夜を、呼ぶ。









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