6
凍る天を受け、逆光が迫り来る。
畝るように、人波は消えて。
一瞬にして、ざわめきは失せた。
世界が渦を巻き、収束した。
網膜が、焼ける。
乾いた空気に溺れ、俺は呼吸していた。
凍った日差しに晒され、俺は生きていた。
枷を振り解き、脚を進めた。
枷の残骸に、脚を取られ。
泥の大地を、這いずって進んだ。
粘つく泥が、喉を塞いだ。
野垂れ死ぬならそれでいい。
囚われ人に成り果てるなら。
「阿呆、ひっこんどけ。」
弾かれたように、若者は駆け寄った。
「出てくんやない。」
縺れるように、しがみつく。
必死の声が叫びに変わる。
「組なんか畳んでもうても、構わへんのや。」
耳元の叫びも聞えないように、そいつの瞳がこちらに上がる。
瞳は強く光りを放ち、
薄く隈の浮いた顔が、白く浮き上がる。
色の失せた唇は固く閉ざされて、
強張る身体は、そのしなやかさを際立たせる。
乱れた髪が、緩やかに額にかかる。
突き抜ける眼差しに縛られたように、俺はそいつから目が離せない。
「お前みたいな役立たず、行く必要ないやろうが。」
汐風がゆるりと、若者に寄る。
若者はしがみつく。
例え様も無い、尊いもののように。
細く一つ、息を吐く。
拳が鳩尾に入る。
声も無く、若者が崩折れる。
「奥へ。」
若者の身体が、屋敷に消える。
「全くもって、面目も御座いません。」
慇懃に目礼される。
縛られた首を捻るように、俺は礼を返す。
軋みを立てて、世界は動き出す。
脚を取られたように、そいつは踏み出した。
瞳は強く、俺に据えたまま。
不意に、息が詰まりそうになる。
自分に、反吐を吐きそうになる。
俺の眼前、そいつは降り立った。
指は固く、握り締めたまま。
微かな、瞳の揺れを感じる。
密かな、唇の震えが伝わる。
遠く嵐の忍び寄る音がした。
聞えぬよう、心に幕を張る。
幕の陰から、声がする。
「名前は。」
「たに。」
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