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    5











息急き切った若者が、汐風に駆け寄る。




「組長が。今。」
言葉が途切れる。




わらわらと組員共が後に続く。
幾つもの血走った目が、汐風の回りを囲む。
先頭を切った若者が、こちらを睨みつけた。
「ここまでする必要、あったんか。」
荒い息、上下する胸元。
顎を上げて、俺に詰め寄った。
瓦礫が足元で、音を立てる。
「どうせ潰すつもりなら、一思いにやったらええんちゃうか。」
握る拳に、ゆうひの右手が懐に入る。



汐風が静かに肩を掴む。
「いいかげんにしろ、ったく、みっともねえ。」
こちらを見据えて、若者を引き寄せる。
「失礼致しました、全く躾がなってない。」


「いや、無理も無い。」
段取りはわかってる、俺はゆうひを目で制する。
「話は通っております。」
諦めと怒りの混ざった眼差しが、俺達に突き刺さるように。
汐風の傍らの若者が、剥き出しの敵意を漲らせる。


「この度の寛大なご処置、組長も感謝致しておりました。」
微笑みすら浮かべて、こいつは言い放つ。
頭の何処かに蓋をして、俺も仕事を続ける。
記号のように言葉が、淡々と交される。
早く済ませろと、頭の何処かで声がする。






今日はやけに、天が高い。






「で、見習の件だが。」
「直に、参ります。」


若者の頬に、血が昇った。
「あいつまで連れて行くんか。」
我慢もきかず、俺に食ってかかる。
汐風の手を振りほどき、胸倉に掴みかかる。
「どないするつもりや、お前らの慰みもんか?!」
顔色を変え、ゆうひが足を踏み出した。
右手が又、懐に入る。


ゆうひに首を振り、若者の目を見るともなく見る。
怒りで充血した瞳は、薄く盛り上がって。
「そないな奴とちゃうねん、どうにかなってもたらどないするんや。」
いつしか声音が、哀願を帯びる。
青臭いのもいいかげんにしろ。



なのに、どうしても言葉が出てこない。



「使い物になんぞならへん、面倒が増えるだけやろう。」
襟元を摘んだまま、ゆっくりと肩が落ちる。
背中を震わせながら、首が深く折れた。
「お前らの邪魔はさせんから、せやから、連れてくなよ。」
男の泣くのはみっともいいもんじゃない。
それでも掴むままにする。
涙と洟水にまみれた顔が、縋るように汐風に向く。
「幸さんからも、何とか言ったってや。」



押し潰されるような静けさの中、
汐風さえも、顰めた眉を背ける。



俺以外の人間を皆、空気が飲んでいく。
死んだ様な日本庭園に、若者の嗚咽だけが洩れ。
同情してしまえば楽になる、楽になれずに立ち尽くす。
妙に覚醒した頭で、そんなことを考える。
たまゆら空気が揺れ、ぼんやりと顔を上げた。


微かに何かが、息を衝く。


「俺は、行く。」






世界が雪崩落ちた。











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