制服のスカートが短い理由
私のスカートは、たぶん校内で一番短い。
しゃがむとギリギリ下着が見えそうで、いつも先生に睨まれる。
「お前、また丈詰めたろ」
「だって、しょうがないじゃん」
でも本当は、詰めてなんかいない。
これは姉のおさがりで、私には少し小さいだけ。
姉は身長が低かったから、私が着るとどうしたって短くなる。
でもそれを説明するのも、なんか悔しくて。
だから私は、「詰めましたけど何か?」って顔をしてる。
廊下で後輩にすれ違いざま「まじ短すぎ」って言われても、聞こえないふりをする。
帰り道で近くの男子校のやつにじろじろ見られても、無視する。
朝礼で教頭に「女子の服装が乱れている」って説教されても、そっぽを向いて立っている。
スカートの丈が、私の態度になった。
私の態度が、私の防御になった。
でもたまに、ふと思う。
あのとき、もし私の身長が姉と同じだったら、
私はもっと普通の制服姿で、もっと普通に毎日を歩けていたのかなって。
それを考えると、少しだけ、疲れる。
スカートのことなんて、ほんとはどうでもいい。
でも「そう見えない」ことに、私はだんだん慣れていった。
体育のときにハーフパンツを履かないのも、
移動教室のときにわざと廊下を先頭で歩くのも、
全部、私じゃない誰かが勝手にそうしたことにしておいた。
「強そうだよね」って言われると、なんかうれしくなった。
本当は、そんなことないのに。
朝とか夜とか、誰とも話さないでいると、ふと涙が出そうになるときがあるのに。
でもたぶんそれを言ってしまったら、
“強く見えてる私”が、崩れてしまう気がした。
それでも、知らない誰かに見られるぶんにはいい。
厄介なのは、ちょっと知ってる人。
たとえば、同じクラスの藤井くん。
この前、帰り道でたまたま一緒になったとき、
彼が何気なく言った。
「それってさ、ほんとは気にしてんの?」
笑いながらだったけど、たぶん冗談じゃなかった。
私のスカートのこと。
私の態度のこと。
答えなかった。
答えたら、何かが壊れそうだった。
藤井くんは、何も言わずにそれっきりだったけど、
あのときの視線だけが、今もまだ、引っかかってる。
制服って、ただの服じゃなくて、
きっと、そういう“見られ方”を全部まとってるんだと思う。
そして私は、
それを着るたびに、自分をどうにか保とうとしてる。
昨日、教室でスカートの裾を引っ張られた。
誰かがふざけてやったのか、それとも本気で「見せろ」ってことだったのか、わからない。
振り返ったけど、誰がやったのか、わからなかった。
笑い声だけが後ろに残っていて、私は何も言えずに椅子に座った。
その日一日、スカートのことばかり考えていた。
立ち上がるときも、階段を上るときも、体育座りをするときも。
みんなの目が、スカートの丈じゃなくて、私の皮膚の面積を測ってるような気がして。
でも、帰りの電車の窓に映った私は、
いつも通りだった。
別に、何も変わってなかった。
ただスカートが、ちょっと短いだけだった。
家に帰ってから、姉のタンスを開けた。
もう大学生で、今はひとり暮らし。制服は置いていったまま。
このスカート、洗いすぎて少し色が抜けてる。
でも、生地はまだ丈夫だし、ちゃんとアイロンもされてる。
たぶん姉は、これを気に入ってたんだろうな。
似合ってたんだろうな。
姉の脚には、ちょうどよかったんだろうな。
それを、私が着てるだけ。
藤井くんが「似合ってるよ」って言ったのは、
私にじゃなくて、このスカートに、だったのかもしれない。
たぶん、そんなことないって思いたいけど、
なんとなく、そう思ってしまった。
翌日、私は制服の上からパーカーを羽織った。
ちょっと大きめの、色あせたやつ。
スカートの裾が少し隠れるくらいの丈のやつ。
これで、少しは違って見えるかなって思ったけど、
誰も何も言わなかった。
誰かが気づいても、たぶん口には出さない。
誰もが、それぞれの戦いを、黙って続けているから。
その日の帰り道、私は信号待ちをしながらふと足元を見て、
スカートの裾を指でつまんだ。
たぶん明日も、これを着ていく。
そしてたぶん、明日も私は、
「詰めましたけど何か?」って顔をして歩いてる。
それが私の、制服のスカートの短い理由。
次の日、藤井くんが言った。
「昨日のパーカー、なんかよかったよ」
私は、「あ、そう」とだけ返した。
たぶん、少しだけ、声が上ずっていた。
その日、スカートの丈は、いつもと同じだった。
でも、なんとなく──歩き方だけ、ほんの少し変わった気がした。
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